天狗と河童 ニ
「博麗神社の巫女は素直に買収……、いえ、お願いを聞いてくれましたか?」
「うん。文(あや)ちゃんにもらった札束を、言われたとおりにぜーんぶ賽銭箱に放り込んだら、あの守銭奴貧乏巫女、泣き喜んで陰陽玉を貸してくれたよ。大事な御神体なのにね」
にとりは、涙と笑顔が入り混じってくしゃくしゃになった巫女の顔を思い出して、無邪気に笑いました。
「で、さっそく工房に持ち帰って成分を解析してみたんだ。そしたら、オリジナルの陰陽玉は、二酸化ケイ素で組成された酸化鉱物の石英種であることがわかったんだよ。つまり、『瑪瑙(めのう)』だね」
にとりは、得意げに人差し指を立てて話を続けました。

「それから、鉱石探知機を使って幻想郷のあちこちを調べてるうちに、妖怪の山に瑪瑙の鉱脈があるのを発見してねー。急いで掘削機を作って原石を掘り出して、3Dプリンタで本物同様にレプリカの陰陽玉を出力したってわけさ」
「お山の鉱脈って、もしかして虹龍洞(こうりゅうどう)から龍珠(りゅうず)を掘り出したの? どうりで強い霊力が感じられるわけだわ」
文は驚いて、にとりと玉に交互に目をやりました。
「あの洞窟には大百足(おおむかで)も棲んでいるのに、よくもまあご無事で。でもそのおかげで、本物と寸分違わない陰陽玉が手に入れられたというわけです」
文は、手にした瑪瑙の玉を感慨深く見つめました。

「にとりは明日、椛(もみじ)と将棋よね? 頼んでばかりで悪いのだけど、こっちのほうをあの子に渡してくださらないかしら? 私はこれからちょっと野暮用がありますので」
そう言って文は、赤と白の勾玉が結合した陰陽玉のひとつを半分に割ると、そのうちの「白いほう」をにとりに託しました。
「へえ、それって分割できたんだ。うん、わかったよ。……そういえば、二個目の陰陽玉はなんに使うんだい?」
「ああ、これはですねー」文は、手元に残ったもうひとつの陰陽玉を愛しげに頬に擦り付けました。
「なんでも陰陽玉には、『甘い物をいくら食べても太らない』とか、『どんな香りでも自在に出せる』っていう効能があるみたいなの。博麗の巫女の身体からいつも桜のいい匂いがするのは、きっとそのせいよ」
淡い桃色の紅の塗られた艶やかな唇で、文は冷たい玉の表面にそっと口づけしました。

「巫女よりもずっと長生きの女天狗(にょてんぐ)の私とはいえ、この若さとスタイルを何百年も維持するのは存外に大変なことなのですよ」
「ふーん。そうやって人里の男を『勧誘』してるのか」
河童のにとりは、千年以上も生きている割にはシミひとつない鴉天狗の瑞々しい肌をじろじろと眺めました。
「人聞きの悪いことを言わないでくれます? ネタと読者は自分の『脚』で見つけるものなのです。……それではにとり、椛のこと頼みましたよ」
天狗はそう言って、夜寒(よさむ)の闇に白いつむじ風となって飛んでゆきました。
「布都姫と死返玉 一」へ続く