布都姫と死返玉 一
千年の昔。
「日出(ひい)ずる国」と呼ばれた地に、幻想郷の巫女が持つ「陰陽玉」と同じく、神の力を宿していると伝えられる「神宝(かんだから)」がありました。
それはかつて、その国を創ったとされる天上の神々が、地上の人間たちのために贈った「古代の神器」でした。
……文(あや)にはずっと、心残りなことがありました。
その過去を清算するためにはどうしても、「陰陽玉」と「もうひとつの玉」を手に入れる必要がありました。
文は、「外の世界」に残された神社を巡り、神話や伝承、史記などを調べてゆくうちに、その神器が今では、幻想郷の人里の外れに建立された命運寺(めいうんじ)の地下に存在していることを知りました。
寺の墓地にある古い洞窟が、「異世界」に繋がる地下への入り口となっていることを突き止めたのです。
人間たちの間で「妖怪」とも「神」とも畏れられている天狗の文でさえ、夜の墓場の洞窟に独りで入ってゆくのは少し勇気の要るものでしたが、失われた古代の神器を手に入れるために、文は意を決して奥へと進んでゆきました。

……明かりもなにもない漆黒の闇の中を勘を頼りに飛んでゆくと、やがて洞窟を抜けて、仄暗い光に照らされた、開けた空間に出くわしました。
そこは、「外の世界」から幻想郷に生まれ変わってきた「尸解仙(しかいせん)」たちが、日々の生活と修行に明け暮れている「仙界」でした。
「これが、『夢殿大祀廟(ゆめどのたいしびょう)』ですか」
まず文の目の前に現れたのは、八角形の巨大な五重塔でした。
そうして墓地の下の異空間をあちこちと飛び回りながら愛用のカメラで撮影しているうちに、いつしか文は、「神霊廟」と記された中華風の大きな楼門の前に降り立っていました。
「道教」の修行道場兼住居となっている神霊廟には、訪ねてきた文の呼びかけに応じる声はなく、代わりに、建物の奥のほうから「ぴこぴこ」という耳慣れない音が、冷気に乗って微かに流れてくるのが聴こえてきました。
文はカメラを構えながら、その音のするほうに向かって神霊廟の中へと入ってゆきました。

……音の発せられている部屋を覗き込むと、テレビの前で胡座(あぐら)をかいている、ひとりの少女の姿が見えました。
「誰じゃ? 我は今、手が離せないのじゃ」
平安時代の稚児が着る白い水干(すいかん)に藍色のスカートを履いた少女は、不意に現れた来客にも振り向きもせず、テレビ画面を注視したままでいました。
「物部布都(もののべのふと)さんですね? 夜分に断りもなく、突然押しかけてしまってごめんなさい。射命丸文(しゃめいまるあや)と申します」
「なんじゃ、誰かと思えば新聞屋か。新聞の勧誘なら、うちは間に合っておるから他をあたるがよい」
灰色の垂髪(すいはつ)に立烏帽子(たてえぼし)を被った「物部布都」という名の少女は、後ろ目でちらと一瞥(いちべつ)すると、幼い見た目に似合わず年寄りくさい言葉で来訪者を追い払いました。
「新聞の勧誘が、こんな墓場の下まで訪ねて来るわけないでしょう?」
「それもそうじゃな。……あいにくだが、ほかのやつらは修行でみな留守じゃ。出直して参れ」
布都は相変わらず文のほうは見ずに、画面の中のキャラクターの動きに合わせて忙(せわ)しなく両手の指を動かしていました。

「……なんじゃ、まだおるのか? もしやおぬし、無心が目的か? 悪いが我は、金子(きんす)は一文も持っておらぬぞ。小遣いは一日五十円しか貰えんのでな。貧乏で花林糖(かりんとう)一本も満足に買えんわ」
「それはそれはお可哀想に。でもどうぞご安心ください。私が欲しいのはお金ではなくて、貴女(あなた)がお持ちになられている、『死返玉(まかるかえしのたま)』ですから」
文の言葉を聴いて、布都の耳がぴくりと動きました。
「物部氏に伝わる、『十種神宝(とくさのかんだから)』のひとつだとお聞きしています。その玉をお借りしたいのです」
「布都姫と死返玉 二」へ続く