こんばんは。
本日の朝方に日誌を書いたはずなのですが、どうやら書いている間に寝落ちしたようで
少しばかり書いたのであろう本文が中途半端な部分で途切れていました(笑
似合わず随分真面目なことを書いていたようなので、寝る前の記憶を掘り出しながら
続きを合わせて書いていこうかな。
寝る前と寝た後では思い当たることが違うかも知れませんけどね。
寝る前の私が書こうとしていたことは、「人を信じることにあたって」についての事だったようです。
DQの世界はチャットが口約束みたいなもので、手紙もコピーしたものか新規に作成したものか
確認ができないので、お互い約束があればそれを信じて待つしか無いんだ。という所まで書かれていて
そこから寝落ちているようです。殆ど文章書いてないじゃないか…(汗
そもそも、人を信じるってどういう事なのでしょうね。
これは考えがそれぞれあって、きっとどれも正解であって不正解でもあるものなのでしょうけど
私が思っている信じると言う事は、「自分の責任」である事だと思います。
「信じてたのに裏切られた」だとか聞きますが、そういうものではないのだと。
信じるのは自分の意志なのだから、相手にそれを強要するものではないと。
信じたことが裏目に出ても、「ここまで相手を信じた自分を誇れる」って思えたら1番なのかな。
(信じてるよ~♪などはよく言いますが、それに無理に返してもらう必要性は無いと思っています)
とはいえ私も聖人君子とかロボットではないので、自分の意志に反して
怒り任せに相手に強要したことがあります。
「信じてたのに!」と、相手に言ったことがありました。
言った後、「あれ、私なんて事を…」と自己嫌悪になったのは今だから言える話です。
あれから自分の壁を作り猛省し、今後はどんな結果であれ相手に信じてたことを強要しないようにしようと
頑張ってはいるところですが、果たしてできているのか心配ですね(汗
結局、信じていることを分かって欲しいという気持ちは誰にしもあるものですし
きっとそれが当然の感情ではあると思うのですが…。
これを消す為にはどうすればいいのでしょうね。
相手に信じていることがばれて、それが拘束になるのなら私はこんな感情いりません。
必要なのかも知れませんが、自分の責任だと抑えられるだけの自信が欲しい。
皆様のお考えはどのようなものなのでしょうか。
人を信じるって、本当に難しいものですね。
こんなつまらない日誌をここまで読んで頂いてありがとうございます。
お目汚し大変失礼致しました^^;
ところでこのタイトル、寝る前の私はなんでこのタイトルにしたんだろう。
なんかそれに関することでもあったのかな、覚えてないのでいいですが(