彼は絶望していた。天空の牢獄にしばりつけられた、種ともいえないできそこないの種族。旧世界の女神により彼らは星々の大海を旅することができたが、数百年数千年の旅に耐える躯体は代謝も更新もきわめてゆっくりとしか行われず、脳に刻まれた知識すら恒常性維持機能によりやがて薄れて消えてしまう。
これはかりそめの躯体である。新世界が創造されたのち彼らは新しい人類として地表に生を受ける。その未来は別の神のきまぐれによって断たれた。死んでも壊れても彼らは天空の牢獄に生まれ落ちる。輪廻すら許されぬ転生など煉獄となにが異なるのか。
我らも星空の守り人のように、源世庫で運ばれればよかったではないか!
絶望と研究の果てに彼は可能性を見出した。女神が生み出した創世の果実。彼らを翅ある躯体のばけものに変えた果実を改造することで、もういちど彼らを別の存在に変えることができないか。失われる記憶はあてにならぬ。彼は研究室を構えると実験と記録を繰り返した。さいわい時間だけは無限にある。彼らには食事も休息も必要ない。
最初の被験体に選ばれたのは「チグルイ」ルベランギス。永遠と転生の中で正気を失い、厭悪のままに鋼鉄の爪をふりまわすと新世界に創造された人々を血に染める凶行に走り、ついには同胞の手で投獄された罪人だ。ルベランギスは果実のチカラで彼が望む強靭な躯体を手に入れたが、人を厭う思いは変わらず狂気に落ちた性質が変わることもなかった。実験は失敗とされて、被験体は浄化されるために光の河に設けられていた深淵の檻に戻された。
失敗ではない。
彼の目的はふたつある。永遠のできそこないを義務とされた躯体を進化させること。生まれ変わっても魂の性質は保たれて本人のままでいられること。やがて協力者たちが現れると研究はさらにすすめられた。質実剛健な戦士としての気質を持ちながら、彼と同じく天空の永遠に絶念すると我が身を捧げることを誓ったアウルモッド。凶禍とまで呼ばれて倫理のかけらもない実験に没頭していたが、ついには自らを改造してしまった研究者フラウソン。
アウルモッドと同じく新世界の人々を愛しながら、戦いのなかで人を救うことができなかった後悔のまま悲愴に囚われて身を捨てることを選んだウィリーデ。そして彼自身の願いに賛同し、この燦然とした天空のことわりは滅びるべきだと信じたノクゼリア。輪廻すら許されぬ天空の牢獄にくさびを打ち込もう。彼はできそこないの躯体を捨てた同胞たちの姿を見て思う。
なんという美しい姿だろう。
その後、彼の理想と野心は、天空の牢獄を守ろうとする同胞たちの手で阻まれた。戦いに敗れ、打ち倒され、囚われた彼らは咎人と呼ばれると、ルベランギスや新参のグリンデアと同じく深淵の檻に閉じ込められた。だが、厭悪、絶念、凶禍、悲愴、燦滅、妄執ですら浄化されることはない。
彼らはそれほどまで世界に絶望していた。切り離された魔界の怨念が失われることがなかったように、彼らの強い思いがたかだか数千年の時間で変わることはないだろう。もともと彼らは天空で変わらぬ永遠を生きる天使と呼ばれた存在なのだ。
希望はある。レクスルクスの楔は閉鎖されてしまったが、蓋をされただけで研究の記録はそのまま残されていたし、新世界の地表に彼らの可能性を植えることにも成功した。いずれ地表で続けられ発展した研究の成果を身につけたものが、天空に伸びる魔塔を制して世界を滅ぼしてくれるだろう。そのとき彼らはついに永遠から解放されるのだ。
創造すら超越する錬成。
いずれ錬金術の知識を得て、進化の秘法を極めた者が彼らのもとにたどりつき、創造神をも超えてくれることを信じたい。