知性も感情もない石ころたちは、かつて旧世界を滅ぼしたときに社会のなんたるかを知った。そこは堕ちた天使がよみがえらせた魔物たちと暗黒皇帝の帝国だ。石ころたちは数万年を旅すると、旧世界から逃げた人々が住まう天空の檻も見つけたが、そこに暮らしているのは転生の果てに正気を失ったできそこないの羽つきどもで、階級に縛られた他者を見下す社会は暗黒皇帝の帝国とさほど変わらぬものだった。石ころどもを率いるゲノスが「帝国」を真似たとして何のふしぎがあったろう。
大仰に現れて天星郷を見下したゲノスの姿に、あなたは試練を受けるのですと告げたユーライザの姿を思い出す。
彼らや彼女らにはなんの悪意もない。すぐれた天使が創生のチカラで世界を管理するのが正しいと、すぐれたジアクトが世界から創生のチカラを得て支配するのが正しいと、心からそう思っているだけだ。チカラに振り回されたものは狂戦士に落ちる。そんなことを教えてくれる師はどこにもいなかった。
サメきぐるみを着た巨人が念晶巨人を撃破した。魔眼の月を破壊するには潜入して中からぶっこわすしかない。高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処する天使長の作戦案の壮大にして華麗なることランズベルク伯アルフレット感嘆のきわみだが、これを聞いたハクオウのひとこと。
「あなた方は戦わないのですか」
これだけはっきり言われても自分たちは足手まといになるからと言い訳する。うすらでかい天星郷を動かせば陽動くらいできるだろうとも思うけど、羽つきにとっては神様ボディを操縦する英雄たちを出撃させて世界を守ってくれというつもりでいるのだろう。自分も戦闘機に乗ろうと志願した大統領の姿はなく、勇は勇でも匹夫の勇で箱舟に駆け込んだのはユーライザだけだった。
彼女はきのどくな存在ではあった。
たぶんユーライザは姉に指摘されたように、理性よりも感情を優先しがちで、調子に乗ることもあるけど健気で愛嬌があるていどの性格だ。その彼女がぶきみなほど主人公に執着する。はたから見ればストーカーにしか見えず、あげくのはてに主人公に近づけるならと自ら燃えさかる炉に身を投げる。狂人としか言いようがない言動に、本人すらその理由がわからない。レクタリスのタマシイがユーライザを突き動かしたなどとわかるはずもない。
この世界における人間とはタマシイそのもので、肉体はタマシイを収める器である。切った髪の毛すら再生する羽つきたちは、どうせ修復される肉体をないがしろにするユーライザの所業を呆れながらも受けいれる。こんなものは献身でも執着でもない。分裂した人格がじさつすらも厭わない狂気そのものだ。我が身をないがしろにするもののために我が身を危険にさらして魔眼の月に乗り込むのか。
それでも英雄たちに迷いはない。
ラダ・ガートは立派な王様になるよりも、ガミルゴやガラテアのような英雄になりたかった。ハクオウは最後のひとりになってまで生き残るよりも国のなかまたちと戦いたかった。リナーシェは裏切られる気遣いもなくなかまたちを信じたかった。アシュレイやレオーネは「今度こそ」勇者としてみんなを守りたかった。この天空の牢獄があるからこそ、思い残したことをもう一度やりなおす機会が得られたことを彼らは感謝すらしていただろう。
だけどカブが言ったように、目の前でこまっているやつを助けるのに理由なんてないはずだ。医者は目の前にいる患者が善人か悪人かなどと考えない。ほんとうは羽つきたちも石ころたちも、こまっているから助けてくれと言ってくれればおひとよしのおせっかいたちは手を貸してくれただろう。人に頭をさげることができない似た者同士の争いだけど、いけすかない連中でも困っているのを見過ごせる英雄たちじゃない。
英雄はすべてを救うと教わった。
英雄になりたかった彼らといっしょに戦うならばわるくない。