納得はすべてに優先する。そう叫んだ者がいた。
脅威が去って、世界が救われたことに祝杯を掲げる者たちがいてもいい。並べた料理が彼らの壊れた味覚のためのものと思えば手をつける気にはなれないが、宴の主賓であれば歓談に時をつぶせばよい。天空の牢獄が滅びねばならぬ理由はないが、脅威に抗うこともなかった傍観者たちの町が変わる未来は訪れそうにない。それでもいずれ世代を経て、数百年数千年もすれば変化が起こるかもしれぬ。
英雄たちは彼らの結末に満足しただろう。後悔があったからこそ、なりたくもない神様になる道を承諾した。後悔がなければ憂いもない。勇者になることができた。盟友になることができた。英雄として散ることができた。義兄弟の強さを見ることができた。最後まで人を信じることができた。彼らはいけすかない羽つきどもに感謝すら伝えることができる。
聖天舎の羽つきたちの言葉を聞く。町中の羽つきたちの言葉を聞く。感謝を唱える者もいる。この期に及んで逃げたことを悔やむ者もいれば、何もせず手に入れた幸運に呆然とする者もいる。永遠に変わらぬ牢獄でも、自ら変わろうとする者がいないわけではない。
門番ピュトスはやりたいことを最後まで貫いた末に永劫から解放された。反省することも後悔することもなく、頑固で融通の利かぬ門番として生涯を終えることができた。こいつはマメミムのことが大嫌いだったから、おれはお前のことが嫌いではなかったぞと伝えることがいちばんの嫌がらせになるだろう。願わくば彼が転生の園でふたたび生を受けることなく星空に召されることを願う。
罪つきティアンは牢獄の未来を変えることができるだろうか。かつて人を助けることを選んだ彼女は、やりたいことをやることを選んだ。うわさ好きのラメリンや気のいいキタエルといった好人物よりも、世界を変えるなら彼女の怒りがあったほうがいい。納得できない理不尽への怒り。聖天舎からも、フォーリオンからも離れた辺地にいる彼女ならもしかして。数百年でも数千年でも時はある。
滅びた石ころへどもへの感傷はあまりない。
首魁のゲノスとやらは種族を滅ぼした業がどうのと言い残したが、種族を滅ぼそうとした石ころどもに言われてもそれは貴様らへの報いにしかならぬ。アストルティアに侵攻をしたゲノスが業を覚えておらぬのだから、彼が滅ぼした誰かが言った捨て台詞を意味もわからぬまま口にしたのだろうか。ルミナのように純粋にチカラを信じていればよほど潔い。ヒャッヒャマンのように全能感だけで他者を見下していればよほどわかりやすい。
サフィルとルーベを思う。
赤と青の一対。彼らは自分たちを価値のある宝玉だと思っていた。きれいな石がある。何の価値もない石がある。王から言われた価値観以外を知らずにいた。
サフィルが興味を持ったのは、何の価値もない黒衣の剣士が我が身を投じて誰かを守る姿だった。宝玉以外に価値はない。そして弱者と敗者には価値がない。敗けた彼らに価値はないから砕かれても文句は言えぬ。そのサフィルが「我が身を捨てても守りたいものがある」ことを知った。王の望みではなくてもルーベを守ることができる。矛盾しているがどうでもいい。ルーベを守ることができるではないか。
残されたルーベには怒りと憎しみがある。最も深い怒りとは最も深い愛情だ。そして怒りと愛情を持つものは人と何が異なるのか。必要なものは創生のチカラなどではなく、ただの石ころでしかなかったルーベがはじめて人になれる可能性を手に入れた。
もはやすべては手遅れだ。
英雄たちの結末に後悔はない。天星郷の脅威が去ったことに感慨はない。ジアクトを滅ぼしたことに感傷はない。そんなものに業は感じない。生まれたばかりの怒りと愛情が失われたことは残念でしかない。彼女ならば創生のチカラによらず人が生まれる可能性を見せてくれたかもしれぬ。
ただ、サフィルが守りたかったものを守ることができなかった。
英雄はすべてを救う。目の前で困ってるやつを助けるのに理由なんてない。べつに頼まれたわけではないけれど、ザンクローネにもラスカにも慣れない英雄未満の三番手は、すべてを救うことができた結末にいつまでもたどり着けずにいる。助けることができなかった連中の記憶ばかりが積み重なっていく。サフィルに向ける顔がないなあと思うたびに、世界に大団円など望むべくもないのだというトゲが残される。
また懲りずに歩きだす。