みんなが忘れていることがある。町を一歩でればそこにはひとを襲うモンスターたちがうろついて、安全な街道でも夜になればとんでもない強敵が出ることだってある。ふつうのひとはドルボードなんて持ってない。ルーラ石は町や国で重要な任務をしているひとが、目的地に行けるか帰るためのものを渡される。気軽に鉄道に乗れるのは要人でなければ国を救ってキーエンブレムを渡されるほどの英雄だ。メガルーラは特別な一品で、時渡りの血を引く才能あるものでなければ使えない。
アグラニでつるはしを握るどわこが彼女の生涯を終えていなかったら。
辺地までやってくる馬車を捕まえて、たぶん一般に開放されているぶんの貴重な鉄道の席を確保して、あこがれのグランドタイタスのチケットを手に入れてようやくレンダーシアを目指すことができる。兄さんがいる世界に旅立つ彼女のつよさはレベル10か20もあれば上々だ。酒場で相談すればマシななかまを紹介してもらえるかもしれぬ。
初心者に紹介される冒険者がレベル30に届かないくらい。たぶんこのあたりが腕っぷしがつよい兵士や冒険者の平均だ。このメンバーで、マメミムがワイトキングに襲われたときは全員が瀕死になってかろうじて、ミムメモがデンタザウルスにぶつかったときは貴重な薬を空にしてなんとか生き残ることができた。
こんな世界だからこそ。
街道でも地方でも旅するひとはヒューザのような用心棒を雇いたい。頼み事を聞いてくれるおひとよしのおせっかいがいたら頭をさげてもお願いしたい。マメミムがめんどうなおつかいをよろこんで引き受けるのは、それで彼らが傷ついたりしんだりするよりもずっといいからだ。
町から別の町までドルボードにも乗れずに歩く。重要な任務を負った国の使者なら帰りはルーラ石で一瞬だ。勇者姫はペガサスに乗って国から国へ飛びまわる。竜化の術が使えるむかしなじみも飛竜の速度で移動する。ランガーオの勇士マイユやガタラの超人ダストンだったら地形を無視して崖から崖に移動するくらいはできそうだ。
ルーラは時間と空間を跳躍する時渡りの術だ。国の要人すら限られた方法でしか扱えぬ。ルーラを自在に扱えるものが、手の届かないひとを理解できぬ傲慢に陥りたくはない。それはたぶん5000年前にエテーネの王族たちが時渡りの有無でひとを見下した傲慢と変わらない。
国を救って町を助けて世界の危機を退けた。
ひとの限界を超えて勇者からも英雄からも、神様からも認められる存在になった。
それでもきみはひとを理解せぬ傲慢から無縁でいられるか。
きみを恐れて逃げていくモンスターたちのほとんどが、きみがてきとうに振った剣に耐えられぬモンスターたちのほとんどが、道ゆくひとを見つければ追いかけて襲いかかってくる。ほとんどのひとがそれに抗うこともできず、ほうほうのていで逃げのびることができればよほど運がよい。距離とは長さのことじゃない。いきたいところにたどり着くまでの時間と危険を指して距離という。
なんでこんなめんどうなことをしなければいけないのか。モンスターが出るなら倒せばいいだろう。用事があるなら行って帰ってくればいい。それをかんたんにできるきみが文句を言う。国を滅ぼした魔祖や神話の時代のドラゴンをわずか数分で屠る、きみの世界にいる「主人公」はどんな姿をしているか。
アンルシアに私の勇者さまと言われるやつがいる。ヒューザがあきれるくらいのおせっかいでおひとよしがいる。あのユシュカにどうせ頼まれてはいと言ったんだろうと見透かされるやつがいる。どこにいる誰が相手でも、紫色になってクエストをお願いしたら「はい」と答えるやつだからこそ、ミナデインの呼びかけにみんなが答えてくれた。
考えるまでもない。
ひととひとを繋ぐのに何日も何週間もかかるだろう命がけの世界に暮している。それならば時渡りのチカラとは、ひととひとを繋ぐのにべんりなチカラのはずだ。世界をもっと便利にしろと言いつづけるものたちの願いは叶えられた。ならばぼくは与えられたチカラで何をするのか。
ティタが彼に会いたいと言えば。セリクがもう一度あの町でトゥーラを奏でたいと言えば。ミランが砂漠の狼王の話を聞きたいと言えば。マメミムはどこからでも飛んでくるし、頼まれなくてもおせっかいを焼くだろう。ヒストリカがともだちの声を聞きたいといえば、リンジャの塔まで飛んでいくだろう。
時渡りにはそれができる。できるのにやらない理由はない。
ぼくがおつかいをやらされて、それで誰かが助かるならばよほどきぶんがよいじゃないか。