盗賊ダルルは語った。
それは数千年前、不毛の大地であったドワチャッカを開拓し、文明の礎を築いた三兄弟……のちに三闘士と呼ばれることになる英雄達の物語である。
苦しくも楽しい旅の中で三人は仲間を得、パーティはキャラバンとなり、やがて三つの国が生まれた。のちにウルベア、ガテリア、そしてドルワームと呼ばれることとなる国である。
だが平和は長くは続かない。彼らの築いた国は後年、資源を巡って争い合うようになり、老いた英雄たちはそれを止める力を失っていた。
彼らは子孫たちが争いを収めてくれることを祈って眠りについたのだが……
「古代ウルベアとガテリア皇国の戦争か……」
私は嘆息した。彼らの死後、刻まれた歴史は私も知っている。エスカレートした文明と闘争は、ドワーフたちを絶滅戦争へと導いたのだ。
兄の築いた国を、妹の興した国が攻め滅ぼす。何千、何万の悲鳴が戦場に散る。
「その歴史に絶望し、三闘士は深い闇に身を落とした、というわけか」
「ああ。こんな歴史なんて作るべきじゃなかった、ってね」
盗賊は肩を落とし、しかし片目をつぶった。
「だけど、そいつを打ち破ったのが、"優秀"な"ご息女"ってわけさ」
ダルルがわざとらしく視線を送ると、ダストンはブルブルと震えながら耳をふさいだ。
彼女はガテリアの残し種、ビャン・ダオ皇子と協力して現代に息づくガテリアの遺産を証明し、なおも闇にとらわれる三闘士に向かって啖呵を切ったのだ。
「いい加減に目を覚ましなさい! この大馬鹿者!」
彼女は大地を穿つ鍬を突き立てながら叫んだ。
「あなたたちから見れば、私たちの歴史はいびつで、ひどく醜いものかもしれない。……けれど、これが! 私たちの歴史なのッ!!」
その歴史の先に現代の営みがある。今を生きる人々の文明と暮らし、日常がある。それは三闘士が切り開いた未来なのだ、と。
「あなたたちがくれた希望を! 私たちが歩んできた歴史を! 否定することは絶対に許さないッ!!」
現代を生きるドワーフが、絶望の大地に鍬を突き立てる。彼らの子孫は確かに愚かで醜かったかもしれない。だがそれ以上に強く、したたかで、賢かった。
彼女の言葉と、盟友殿の戦いぶりにより三闘士の闇は晴れ、悪神騒動は無事、収束したのである。
「過ちもまた、今につながる歴史、か」
チリ女史の働きもまた、歴史に遺すに値するだろう。
私はガタクタ城の執事が入れたコーヒーを口に含みながら頷いた。苦く、エグみとクセがあるが、不思議と後味は悪くない。
一方、ダストンは何やら得心のいった表情で跳ね起きた。
「なるほど、そうだったんですね……」
首を傾げる私を尻目に、彼は両手を握り締めた。
「せっかく国を作ったのに、結局滅ぼしちまって……」
彼は満面の笑みを浮かべた。
「つまり三闘士とかいうお人も、思ったよりポンコツだったんですね!」
同意を求める澄んだ瞳が私をじっと見つめていた。私はダルルに助けを求めた。彼女は苦笑を浮かべるだけだった。
ダストンは天井からこぼれる埃を見上げながら、小さく呟いた。
「あの子も、ポンコツを愛する心をわかってくれたんですかね……」
私は再びコーヒーを飲み込む。癖になる味だった。
*
宿に戻ると、私は他の団員と共に報告書を書き上げた。チリ女史に加え、ビャン・ダオの活躍も併記する。実を言えば、私は彼と少しだけ関わったことがある。あの頃はまだ甘えの目立つ少年だったが……。随分と立派に成長したものである。
ともあれ、歌姫リナーシェ、剣士ハクオウ、そしてドワチャッカの三闘士。アストルティアで活動が確認された悪神はこの5名。
いずれも大きな事件を引き起こしたが、全て事なきを得ている。盟友殿の活躍は勿論のことだが、現代を生きる彼らの子孫たちの奮闘も見逃せないものだった。
「要するに、歴史上の過ちに肯定的な意味を付加できるのは、今を生きる者達だけ、ということかな」
「なるほど」
と、私の呟きに反応したのは、隣にいる団員ではなかった。
視線を下げる。私の足元に、一人のドワーフ娘がいた。
彼女は思慮深げに頷き、言葉を発した。
「ならば、アシュレイ様とレオーネ様がアストルティアに下り立たなかったのは、不運なことだったのかもしれませんね」
彼女の顔を見て、私は驚愕した。
理知的だが何を考えているのか分からない真ん丸の瞳に、私は見覚えがあった。
「ナナロ……!?」
「お久しぶりです、ミラージュ様」
彼女は丁寧に一礼した。
彼女の名はナナロ。天星郷フォーリオンでコンシェルジュを務めていた宿屋協会のエージェントである。