一通りの調査を終え、我々は資料館を後にした。宿ではナナロと冒険者達が我々を出迎え、軽い情報交換が始まる。
英雄アシュレイの来歴について、大まかなことはわかった。
が、結論から言えば残る悪神の次なる手を、そこから読み取ることは難しそうだった。
「つまり、無駄足ってやつ?」
「でもないさ。オーディス王子には、よい土産話ができた」
王とは。英雄とは。ヴェリナードの次代を担う王子にとって、勇者アシュレイの栄光と挫折が何かの肥やしになるなら、掘り起こされた歴史にも意味はあるだろう。
「歴史と言えば」
と、オーガの魔法使いが口を開いた。
「一部の天使の間では、歴史の新事実を踏まえたうえで、英雄たちの選出が本当に正しかったのかどうか、議論になっておるようだ」
「そういうの好きだよなあ、あいつら」
ドワーフが肩をすくめる。
「結果が出た後でアレコレ理屈つけてさ……」
「その点は我々も気を付けるべきですね」
エルフの剣士が茶をすする。歴史を読み解くとき、人はどうしても評論家を気取ってしまうものだ。リルリラが「そだね」と軽く返しながら頷いた。
「私もヒメア様のこと好き勝手書かれてた時はムッときたし。そういうの、ほどほどにしないとね」
「ああ、そうだな……」
出された茶を同じくすすりながら同意して……私は一瞬、むせ返った。ヒメア様だと!?
「お前、あの記録……!」
「うん、読んだよ」
エルフの娘はしれっとした顔で返答した。
確かに私は以前、リルリラの恩師ヒメア様について記された書物を発見した。
ツスクルの巫女ヒメアといえば、その生涯をアストルティアとエルトナ大陸、そして教え子たちのためにささげた偉人中の偉人なのだが……天使から見た彼女の評価は、決して高いものではなかった。
数々の功績にも拘わらずたった一度の過ちをあげつらい、愚昧とまで断ずるその傲慢さは私から見ても許しがたいものだった。
ましてヒメア様の教え子であるリルリラに、こんなものを読ませるわけには……
そう思い、私は密かに記録書を隠し、彼女の目の届かないところに押しやった。
……はずなのだが。
「……なんで見つかった?」
「隠したから」
彼女は平然とそう言った。
どうやら何かを隠そうとする姿は、自分で思うよりずっと目立つものらしい。そして隠されたものは探したくなる。探せば見つかる。大抵のものは。
リルリラはニンマリと笑った。
「わざわざ私に気を使ってくれたんでしょ」
「……それが原因でバレたなら、何の意味もないな」
まったく、情けない、私は思わず肩を落とした。
「そうでもないよ」
リルリラはアーモンド型の瞳で私を見上げた。目じりが少し下がって、揺れるように輝いた。
「ありがとう」
私が何か言おうとする前に、彼女は席を立っていた。
なんとなく、取り残されたような気分で手元のユノミを傾ける。エルトナ産のグリーンティーは微かに苦く、しかし優しい味だった。
*
それから数日。
大きな襲撃もなく、悪神も残すところ1名とあって神都には若干、弛緩した空気が流れつつあった。
このまま何事もなく、最後の悪神もエックスさんの手で浄化され、一件落着になるのではないか……。
その甘い考えは、その日の夕刻、赤く染まった雲海から届いた急報により、見事に打ち砕かれることになる。