造船所には木箱や工具が所狭しと並べられ、金属の打ち合う音と甲高い研磨音がそこかしこに鳴り響いていた。
鉄の匂いが漂う作業現場で、天使クリュトスは、パルミオ博士やドルワームの技術者たちと話し込んでいるところだった。なりは子供のようだがカンティスと同じ審判の天使を務めたエリート天使であり、フォーリオン浮上計画についても総指揮を任せられている。
クリュトスは我々に気づくと軽く会釈し、状況を説明した。地上人との共同作業は、当初は摩擦もあったものの今では順調そのものだそうだ。
「彼らの意見は非常に参考になりますよ。時々発想が追い付けないこともありますが」
クリュトスが苦笑しつつ金髪を揺らす。脇の方ではペリポンがぐるぐるメガネを光らせていた。
「あなた方は小型艇の方を見ておいてください。乗ってもらうことになるかもしれません」
クリュトスの要請で、我々はドックの北側、飛行兵器の発着場へと向かった。
ドワーフの技術者が我々を案内する。開けた作業場の金属製の台座の上に、いくつかの機械装置が並べられていた。
「これがフォーリオンから飛び立つ、迎撃用飛空艇です!」
「……これが、か?」
私は訝る様に覗き込む。
それは空艇と呼ぶには少々頼りない、一言で言えば涙滴型の板、もしくは円盤だった。
座席らしきものは見当たらない。どうやら板の上に直接乗り込むようだ。足場の広さは……2~3名ならば上に乗って武器を振り回せるだろうか。
中央には輝く水晶玉のような装置が備え付けられている。触れると、側面に小さく突き出た翼のような部位が反応するらしい。
「ちょうど今、試してもらっているんですよ」
技師が指さした先では、数名の冒険者が円盤の上に飛び乗ったところだった。
冒険者の一人が水晶に手を触れ、何事か念じる。と、空気の膜のようなものが円盤をドーム状に覆い、側面の翼からキラキラと輝く粒子のようなものが噴出した。
「わ、なんか綺麗」
リルリラが身を乗り出した。
続いて粒子の間を縫うように色とりどりの光の糸が伸び、透視図のような線を形成した。線と線は網目状に連なり、翼のように広がっていく。言わば光の翼だ。
冒険者が水晶に当てた手を強く握り、気を発する。翼が向きを変え、円盤がフワリと浮かび上がった。飛行開始!
どうやらあの水晶が操縦桿に相当するらしい。彼が念じるたびに円盤は宙をスイスイと自在に向きを変え、軽やかに宙を舞った。
一方、操舵手以外の冒険者は円盤の外側を向いて立ち、弓矢や炎の呪文を構えていた。その姿はまるで、船に備え付けられた固定砲台だ。
「時間と重量の問題で武器を組み込むことができませんでしたので、乗組員に武器になってもらうという寸法です」
「これで飛びながら敵と戦うわけだ」
「ええ、空中戦闘です! 光の膜は空気の抵抗ぐらいは防ぎますが、武器や呪文を遮るようなことはありませんから、かなり自由に戦えるはずですよ」
冒険者たちは軽やかに円盤を操ると、高高度飛行に入る。空の彼方、あっという間に円盤が小さくなり、見えるのは輝く光の双翼のみだ。
いくつもの円盤が飛び立つ。練習のための模擬戦が始まった。色とりどりの翅の輝きが空に舞う光景は、サーカスの見世物にも似て華やかで鮮やかだった。
「なんだか蝶みたいだねえ」
リルリラは鱗粉のように粒子をまき散らしながら羽ばたく翅翼を見上げて言った。
「バタフライトと名付けました」
ドワーフはしたり顔を浮かべて、渾身の命名を披露した。
「あ、これはバタフライとライトとフライトをかけたネーミングでして」
「……解説せんでいい」
私は双眼鏡で模擬戦を眺めながら嘆息した。