美しいハープの音色に、食器とスプーンの触れる音がかすかに混じる。石造りの客間。決して広くはない。無骨な石壁は豪奢な宮殿よりは、むしろ堅牢な砦を思わせる。
だが鮮やかな翡翠色の布飾りが天井と壁を品よく飾り、黄と朱を基調とした調度品の数々は、奏でられる音色と共にこの場に相応しい品格を演出する。
私は目の前のテーブルに軽く手を触れた。テーブルクロスに施された刺繍も、よく見れば見事なものである。もっとも部屋の主からすれば、これでも質素な部類かもしれない。
私はちらりと"彼"の様子を窺った。テーブルの反対側にいる"彼"を。
その男……部屋の最奥に座した青年は洗練された仕草で銀匙を持ち上げ、口元に運んだ。襟口を大きく開いたジャケットからのぞいた褐色の喉元が小さく隆起する。そして彼は涼やかな目元をわずかに緩め、上品な笑みを浮かべた。
「素晴らしい」

彼は爽やかな表情で我々を、そしてテーブルに並んだ料理を見渡した。決して豪勢とは言えない。干し肉やドライフルーツ、燻製に塩漬け、それにラスク。旅人たちが好む保存食の見本市だ。
そしてひときわ目立つのが、缶詰から取り出された魚たち。
彼はそれに手を付け、ふむ、と頷いた。
「これは……魚肉のようですが?」
私に目を向ける。私は恭しく頭を垂れた上で解説を始めた。
「サバといいます。こちらには生息していない魚ですね。それを保存食にしたもので……我々の国ではサバ缶と呼んでおります」
「サバカン!」
青年は満面の笑みを浮かべた。
「これはいい……素晴らしいではないか!」
彼……アマラーク王リズクは従者たちをぐるりと見渡して、大きく手を広げた。
我々はただ、恐縮するばかりであった。
*
私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士だが、今はゼニアス探索の調査隊に参加している。アマラークへ向けて、馬車隊を結成して旅立ったのが半月ほど前のことだ。
旅の目的は大きく分けて三つ。アマラークの現状を確認することと、この地に滞在している調査隊員ジーガンフ氏の慰労。
そして最後の一つは、アストルティアとアマラークの貿易を成立させることである。
数々の商品を乗せた馬車隊は、半ばキャラバンのようなものだった。メンバーの大半を占めるドワーフ達はドルワーム研究院所属。商品管理と現地での交渉担当だ。私と、私の相棒であるエルフのリルリラ、猫魔道のニャルベルトが護衛要員としてそれを警護する。
旅の間、いくつかの危険と事件があった。結晶の鉱野。紫色に輝く海。徘徊する魔物に、かつて彼の地を守っていた自動機械。……そして謎の魔狼。

あらためてゼニアスが過酷な世界であることを思い知らされたものだ。
そんな旅の果てに、我々はここ、タービアの平原に栄えるアマラーク王国へとたどり着いた。
豊かな国である。
レストリア、そしてシュタール。殺伐としたゼニアスの光景に目が慣れ始めた頃、飛び込んできたタービアの情景に我々は息を漏らしたものだ。素朴だがよく整えられた街道、それを彩る緑の木々。丈の短い牧草が風に揺れ、風車がゆっくりと回る。清く澄んだ小川が網目状に輝き、瑞々しい空気が我々の胸を満たす。
農場と牧場がのどかに広がり、柵の向こうでは白馬が優雅にいななく。滅びの大地ゼニアスにこれほど豊かな土地が残っていようとは……否、たとえアストルティアであろうとも、このように肥沃な土地は珍しいに違いない。

我々は感嘆の声を上げつつタービアを進み、アマラーク王国へと到着。様々な手続きやジーガンフ氏との面会を経て、交易についても話を切り出した。
謁見と貿易開始を願う書状を献上したところ、役人たちが慌ただしく動き始めた。何度かの交渉と対話の末、積み荷の中からいくつかの商品……とくに食品が引き取られていく。
そして次に王宮へと呼び出された時……我々はこの晩餐会の主賓として椅子に座らされていたのである。
テーブルに並ぶ数々の皿に乗せられたのは、我々自身が持ち込んだ食料の一部であった。