
「サバカン!これは素晴らしい」
リズク王は端正な細面の顔に少年のような笑みを湛え、家臣らを振り返った。
「味もいいし栄養価もありそうだ。しかも保存食なら日持ちもいい」
私は唖然とした顔が表に出るのを必死でこらえねばならなかった。
実のところ、このサバ缶は私が大量に持ち込んで余ったものを交易品として積み荷に潜り込ませたものである。同郷の剣士ヒューザが調査隊に参加していると聞いて、からかうために彼の好物を大量に仕入れてきたのである。
だが肝心のヒューザはアストルティアに帰還済みであった。まったく、ヒューザめ! おかげでおかしな展開になりつつあるぞ!
王は家臣と共に料理を口にし、あれこれと語り合っていた。やがて調理法についての話題となり、彼らは私の方に水を向けた。私は丁重な口調で説明を開始した。
「そのまま食しても美味ですが、少し手間をかけてパスタの具やパン料理、サラダに使うこともあります。他にも……」
と、いくつかの活用法を提示する。王はいちいち頷きながらそれを聞いていた。
「なるほど、レパートリーも豊富。いよいよもって実用的だ!」
彼は満足げに頷いた。私はリルリラやニャルベルトたちと顔を見合わせる。
さすがに怪訝な表情が顔に出ていたのだろう。王は苦笑し、気さくそうに頭をかいた。
「実は今、城で出す食事について……ちょっと頭を悩ませてましてね」
と、彼は語る。
この地には天敵ともいえる魔物が出没する。名をフーラズーラ。私も噂には聞いていた。剣も呪文もすり抜ける不死身の悪霊だ。
そんなフーラズーラに対抗する術を編み出したのが、調査隊の第一陣に所属していた武闘家ジーガンフ氏だった。彼はアマラーク城に留まり、己が修めた武術を教え、兵に民にと広め始めた。

かくしてジーガンフの師事を仰ぐため、多くの民衆が城に押し掛けた。城全体が一種のドージョーのようになりつつある。
……それはいいのだが、人員の受け入れにはそれなりの体制が必要となるものだ。特に食糧は問題だ。
「私たちも色々と工夫して賄っていましたが……大量に仕入れ過ぎても生ものは日持ちがしませんし、料理人の人数にも限度がある。手間のかかる食材ばかりは使えません。かといって同じものばかりでも不満が出ますし、それに体を動かした後は塩分が必要で……なかなか悩ましいのですよ」
成程、と私は頷いた。確かにそういう事情なら、缶詰料理は大いに助けになる。
それにゼニアスの海はジア結晶に汚染され、生息する魚もサメやマンタのような常食には難のあるものばかりだ。となればサバのような海魚は重宝される。
王はテーブルに身を乗り出し、我々の顔を覗き込んだ。
「このサバカン。輸入することはできますか?」
「勿論です。そのために持参したのですから。量は十分にございます」
私は恭しく頭を垂れた。この際、仕入れ過ぎて余っているなどと口を滑らせない方がいいだろう。王は喜び、家臣たちにもサバカンを振舞った。
「スィーリン料理長、どうか?」
「ふうむ、これは使いでがありそうですね」
「ハディド、アスカリーも、意見を聞かせてくれ」
宮廷料理人を含む何人かが試食し、互いに感想を言い合う。味、安全性、栄養や健康の面にも言及する。正式な評価は、また後日ということになるだろう。
……それにしても。
私は再度、仲間たちと顔を見合わせた。
この王、よほどサバ缶が気に入ったのだろうか。かなり前のめりな姿勢だ。いささか圧倒される。
仮にも国王ならば、缶詰よりは高級なものを食べ慣れているはずなのだが……
「皆もどう思うか聞かせてくれ。私は前向きに検討したいと思う」
リズク王は家臣らに問いかけた。
王を見上げる顔は、賛同が7割、困惑が3割といったところだろう。
彼は笑顔を絶やさぬままその一つ一つをじっくりと眺め、ゆっくりと宮廷を見渡した。
王の静かな瞳に、透明な光が宿る。
燭台の炎が影を揺さぶる。その内側をあぶり出すように。
……賢王リズクの策略は、この時既に始まっていたのである。