地下訓練場に灯火が揺れ、少年は紅潮した頬を輝かせながら嬉々として語り始める。
ジーガンフや"エックス隊長"と隊伍を組んでの、フーラズーラとの一大決戦。その中でいくつもの逸話が生まれた。中でも語り草となっているのが国王リズクの雄姿である。

と、言っても彼が剣や槍をもってフーラズーラと切り結んだわけではない。それは兵士たちの仕事だ。
彼の仕事は、兵士たちにあるべき戦いの姿を教えることだった。
決戦のため、身を犠牲にする覚悟。そう語った兵士たちに、王は激昂したという。
命を粗末にして何とする。何のためにジーガンフに教えを乞うたのか。何のためにこれまで耐えてきたというのか。
温厚なリズク王が兵士一人一人の肩に触れ、身の上に触れ、家族や将来のためにも決して命を投げ捨てるなと檄を飛ばす。その姿には少年でなくとも心を打たれただろう。ガンナーム氏が瞳を潤ませる。
「これからは俺たちも戦うからさ!」
と、飛び上がって割り込んできたのは"ウサギ"バッジの子供たちだった。
「もう兵隊さんが死のうなんて変なこと考えなくていいんだぜ!」
"ウサギ"の子供たちが拳を握りしめ、互いに頷き合う。
「ほら、先生に教わって、俺達も気を使えるようになったんだ!」
"ウサギ"たちがキラキラとした瞳で次々に技を披露する。突き出した拳に沿って輝く光の軌跡。嬉しくてたまらないといった表情だ。
赤毛の"リス"は少し遠慮がちに距離を取った。
「慢心は禁物だぞ、お前たち」
ジーガンフは厳しい口調で窘めるが、少年たちの熱は止まらない。同じ瞳の少年少女が集えば口々にジーガンフを称え、アマラークの栄光を叫ぶ。兵士や民間人も集まってきた。感極まった誰かが拳を振り上げて叫ぶ。
「アマラークは全員戦士! 心は一つ!」
同意の声が上がる。修練場は興奮のるつぼと化し、さすがに訓練が回らなくなった。ジーガンフは休憩を宣言し、少年たちはさらに熱く語り始めた。
いくつもの美談が披露される。
例えば、囚人をフーラズーラから守るため、命がけで避難させた兵士の話。囚人はその後雲隠れすることなく、自ら牢へと戻ったのだとか。

例えば、フーラズーラに父を目の前で殺された少女が武術を学び、自らフーラズーラを撃退したという話。涙を零さぬその瞳は悲しく、そして強い。

あるいは、城の役人から市井の商人まで一丸となってフーラズーラ対策を検討し、組織的に大群を迎え撃ったという話。エトセトラ、エトセトラ……燈火の調査隊から派遣された冒険者たちの加勢もあったと聞くが、防衛線の主役は彼等アマラークの一般市民たちだった。
若者を中心に、王と国民を称える声が上がる。私はその渦から少し距離を取り、堅い石壁に背を持たせた。隣にジーガンフの姿があった。
「凄い熱気だな」
私はジーガンフに目くばせした。軽く肩をすくめる。
実直な武術家は低く唸り、おもむろに腕を組んだ。
「過去が過去だからな……。この国にとって、今が一番幸せな時期かもしれん」
彼は頷きつつ、ジーガンフは彼らを見た。瞳を輝かせ、アマラーク万歳を叫ぶ若者たちを。
確かに、聞きかじった程度の知識でもこの国が抱えていた苦難と今の解放感は理解できる。
「だが……」
と彼は口元を歪めた。
「俺もいろんな場所を旅したが……小さな村から大国まで、およそ理想の世界なんてものは存在しなかったよ」
「……わかるよ」
私は頷いた。我がヴェリナードとて、完全無欠の理想郷には程遠い。ジーガンフはいかつい顔に思慮深い表情を浮かべ、熱狂する民衆の群れを見つめた。

「アマラークはいい国だ。俺だってそう思う」
筋肉質の腕が、重々しくクロスする。
「しかし、あいつらの浮かれようは何というか……少し気になってな」
私もまたその視線の先を追った。熱い風が渦を巻いて土埃を舞い上げた。若き魂は美しき理想に触れ、燃え上がる。
だがどんな理想にも、いずれ現実の垢がこびりつくものだ。
その時、燃え上がった炎はどこに向かうのか……
「ま……余所者の俺が口を出すことではないが……」
ジーガンフはどこか自嘲的に首を振った。
そしてその垢が既にこの国を蝕み始めていることを、私は遠からず知ることとなるのである。
赤毛の少年は訓練場の片隅で、ただ黙々と拳を突き出していた。