
「おいっ、何だよこれ!」
会場の片隅で誰かが叫び、スープをぶちまけた。
誰もがそちらに注目する。叫び声をあげた男は口元を抑えて苦しそうにうずくまる。
「腐ってる……毒じゃないのか!?」
どよめき。賑わいが戸惑いに変わり、一拍を置いて恐怖の風が吹き抜ける。ドワーフ達が衛生班を出動させるが、人ごみに阻まれて遅れているようだ。そして別の一角からまたも声が上がる。
「おい、シチューにこんなもんが入ってたぞ!」
声とともに悲鳴。虫だ!と誰かが叫ぶ。渋滞した客の列が波を打って崩れ始めた。
「は、吐き気が……こんな魚、食うんじゃなかった!」
また別のテーブルからも騒ぎが始まる。熱気にメダパニを重ねたような混乱が怒涛のように押し寄せた。混乱が恐慌に変わるまで、そう時間は必要ないだろう。
地鳴りのような音が広場を満たす。右往左往する人々の足が石畳を鳴らすのだ。その音にかき消され、店員たちの呼びかけは届かない。
暴動が起きる一歩手前。このままでは試食会は大失敗ということになるだろう。
が、しかし。
「……やりすぎたな」
私は冷ややかに呟いた。

この連鎖、偶然ではありえない。明らかな悪意。妨害工作の類だ。「この国にもいろんな人間がいますから」……ライハーナの言葉が蘇る。
「リラ! ここを頼む」
私は監視台の上からリルリラに呼びかけた。
「アイ!」
リルリラは即座に頷いた。彼女も、気づいている。私は下手人を追うだけだ。
さて、誰を追う? 私は監視台の上からパニックを起こしかけた民衆の頭が模様のように動くのを観察した。ドワーフやメイドたちに詰め寄るもの、立ち止まるもの、右往左往する者……。
その中に、素早く現場から離れていくものが複数。私は素早く顔を確認した。「毒」「虫」「吐き気」。喚き立てながら去っていく男達。だがそれは本命ではない。
私が注目したのは、無言のまま一直線に会場外へと歩いていくターバン姿の中年男だ。人の流れをかき分けるような迷いのない歩みは、この恐慌の中にあって明らかに異質なものだった。
実行犯は金で雇われた下っ端。本命は彼らの仕事を確認し、ただその場を去るのみ。よくある手口だ。
私は頭巾のひもを締め、改めて耳ヒレを隠す。尾行にはこの方が都合がいい。あのメイドはこの展開も想定していたのか?
と、監視台から飛び降りる直前、私はターバンの男を追う女の姿に気づいた。ライハーナ! メイド服を地味な作業着に着替えた彼女の姿は街に溶け込むようだった。

『やはりただ者ではなかったな……』
私は一人頷き、彼女の後を追う。いや、追おうとした。
その瞬間、私は自分と同じ動きをするもう一人の男の存在に気づいたのだ。ターバンの男を追うライハーナをさらに尾行する、黒い頭巾の男……二重の尾行!
『ライハーナ、迂闊だぞ』
私は台を飛び降り、その男をさらに追った。三重の尾行……
喧騒のアマラークに太陽が照り輝き、城郭はその影を色濃く長く巨大化させていた。