中央広場から枝分かれした道をたどると、古い市街へとたどり着く。壁を伝う飾り布もどこかくすんでぼやけて見える。アマラーク城の赤屋根はここからでもはっきりと見えたが、いくつもの壁に阻まれ、細い裏路地は影の支配下にあった。
私は尾行を続けていた。ウェディの体格はこの町では目立ちすぎる。私は衣装に加えてありものの背負い袋で背びれも隠し、身をかがめながら男を追いかけた。慎重な行動が必要だった。

逃げる。ターバンの男。速足で迷いなく旧市街の複雑な路地を突き進む。
追う。藤色髪のライハーナ。急ぐような足取りには見えない。だが常に一定の距離を保って曲がり角の死角から男を付け狙う。
更に追う。黒頭巾の男。全身より発する剣呑な気配は尾行者というより、襲撃の機を窺う刺客。その足運びは獰猛であった。
それを更に監視するのが私だ。獲物を狙う狩人の影に絡み付く毒蛇。彼が刃を振りかざした瞬間、私はその足元に毒牙を突き立てるだろう。
白昼。全てを見通す太陽の元で、盛大な鬼ごっこが続く。影から影へ。路地から路地へ。
たどり着いたのは旧市街の片隅、門の取っ手すら埃を被った、古ぼけた屋敷の裏側だった。

身を乗り出したくなる気持ちを抑え、私は目を凝らす。裏路地でターバンの男が何事か囁く。と、裏口と思われる扉がそっと開き、姿の良い長身の男が出迎えた。派手さは無いが、しっかりとした生地で作られた品の良い衣服が彼の身分を物語っていた。
彼らは一つ、二つの言葉を交わし、頷き合う。やがて長身の男が布袋を取り出し、ターバンの男に渡す。ジャラリと重い音がした。中身は金貨だろう。
「やはり、こんなところでしたか」
よく遠く声が響き、二人はビクリと痙攣したように震えた。ターバンの男は受け取った金をとり落としかけ、あわてて抱きかかえる。
「何だ、お前……」
誰何の声は途中で途切れる。声の主……ライハーナは地を滑るような足取りで彼らに接近し、有無を言わさず長身の男の手を捻りあげていた。素早く、そして力強い!
「~~~!!!」
男が悲鳴を上げる。
「こ、こいつ……っ!!」
もう一人の男は布袋を持ったままとっさに身をひるがえす。が、それまでだった。次の瞬間、逃げようとする男をライハーナは見事な蹴り技で制していた。眼光が敗者を射貫く。

『大したものだ』
監視中でなければ、口笛の一つも吹いたところだ。ジーガンフの薫陶か、それとも以前からの経験なのか。荒事もお手の物らしい。
さて、と彼女は長身の男に向き直る。
「こういうことをして得をするのは、どなたでしょうね」
男は目を逸らす。死んでも口にはしないという表情だ。ライハーナは彼の襟元に目をやり、薄く笑った。
「記章は外しても、跡は残るものですよ。アスカリー家のお方」
男が咄嗟に襟元に目をやる。跡など無い。だがその仕草が証拠だった。メイドが肩をすくめる。
「アスカリー家の使いの方とみて、間違いないようですね。これで全てが繋がりました」
アスカリーの使いと呼ばれた男は必死で否定したが、こめかみに浮かぶ脂汗が全てを物語っていた。
アスカリー……私はおぼろな記憶を手繰り寄せる。どこかで聞いた名だ。王宮、会見、リズク王……そう、確か王が声をかけた貴族たちの一人が、そう呼ばれていた。
私は内心で舌打ちをした。
ライハーナめ……。一体何を追っていた? どうやらこの一件には私の知らない何かが絡んでいるらしい。
だが、それはいい。
『問題は、ここからだ』
私は胸の内で独り言ち、物陰からもう一人の尾行者……黒頭巾の様子を窺った。彼奴もまた潜んでいる。仲間が追い詰められた今、ライハーナに隙さえあれば動くはずだ。
こちらはまだ気づかれてはいない。彼奴が飛び出そうとした瞬間を狙うか、それとも機先を制してこちらから動くか……
……と、偶然だろうか。
ライハーナの足が、黒頭巾に背を向けるように動いた。そして声を高くしてこう言った。
「この程度の方々なら、私一人で十分ですね」
私一人で。その部分に奇妙なアクセントがあった。メッセージだ。つまり、まだ飛び出すな、と。ライハーナの背中が言外にそう語っていた。
「そうかい」
と、低い声がした。
ゆらりと姿を現したのは、黒頭巾の男だった。