異邦の星が頭上に煌めく。見慣れない星座の数々もそろそろ馴染みが湧き始めてきた。霊子を乗せた冷たい風が新型ドルボードの循環機構を通過する。宙に浮く飛行機械の振動も、もはや心地よい。
だが大地から突き出る巨大結晶の幾何学的な模様は、何度見ても不安を誘うものだった。
数々の結晶が、丘の上に並んだレンガ屋根を無言のまま見上げる。その光景は、この地に残された呪いの象徴だった。
「何を難しい顔してんだい?」
と、鮮やかなピンクのシルクハットが私の隣に肩を並べた。小柄なプクリポの体躯がウェディの私と並ぶと、もはや凸凹では済まない。私はドルボードの高度を下げて会釈した。

「どうも……。少し心配でしてね」
「ハハ……楽観的になりなよ。上手くやるさ」
彼は私の背中をポンと叩き、ドルボードの向きを変えた。目下には街道を進む隊商。荷馬車の幌に猫魔道が寝転び、車内にはエルフと竜族の神官が談笑しているのが見えた。
プクリポはドルボードを巧みに操り、入り口の前で曲芸のようにくるりと回転すると飛び降りて車内に乗り込む。ボードはそのまま荷馬車へ。見事なものだ。
私は苦笑しつつ顔を前に向けた。
小高い丘の上、鮮やかな色の屋根が夜空に存在を主張する。石垣と防壁に二重に守られたその姿は、過去に何らかの戦いを潜り抜けてきたのであろうことを思わせる。
ムニエカの町。
キャラバンは蹄と車輪の音を響かせながら、その門へと近づいていた。
*
私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士……そして今は各国の連名で結成された調査団、通称「燈火の調査隊」の一調査員でもある。
南方、アマラーク王国との交易路を確立させた我々は、その後もゼニアスの各地を巡ってきた。
調査団拠点から北東、巨大な橋を渡った先にひっそりと佇むムニエカの町もその一つである。
アマラーク同様、この町とも交易関係を結びたい……というのが調査団の……ひいてはそれを支援するアストルティア各国の意向であった。
だが実を言えば、私には懸念があった。隣を飄々と舞う桃色のシルクハットがその懸念を助長する。
『あなたの言葉ですよ、ナブレット団長』
馬車の窓に視線を投げかけながら、私はそう独り言ちたものだ。
先行してムニエカの調査にあたっていた彼は、報告書にこんな言葉を残していたのだ。
『この町の物語は既に終わっている。ここで終わらせておくべきだ』
と……
ドルボードの高度を下げ、馬車と並走する。周囲に魔物の気配は無し。
ムニエカの町は、もう目の前だった。

住民からの歓迎は、熱烈と言って良かった。すでに日は落ち、冷たい風すら吹いていた。だが住民は意にも介さず、笑顔と歓声、拍手と楽器、そして歌と踊りで来訪者に最大の挨拶を披露したのである。
ドワーフの調査員たちがたじろぐ。オーガたちが顔を見合せた。歓迎はやがて宴へと変わる。掲げられたかがり火が住民の顔を照らした。笑顔!
シルクハットのプクリポは鷹揚に片手を上げると、トンボを切ってその宴の中に飛び込み、華麗な曲芸を披露した。ひときわ大きな歓声が上がる。続いて手品が飛び出す。どこにそんな種を仕込んでいたのかというほど自然に、ハトと風船が次々に夜空を舞う。
彼の名はナブレット。小粋な視線、小柄な身体。しかしピンクのシルクハットとタキシードに彩られたその身体が背負う肩書は実に多彩である。ナブナブ大サーカス団の団長にしてオルフェアの町長であり、ラグアス王子の伯父でもある。
そして今は、燈火の調査隊の中核メンバーの一人。ちょうどこのムニエカ方面を担当していたのが彼だった。この町のことは、誰よりも……少なくとも、我々よりはずっと……わかっている。だからこそ、飛び込んで笑顔を振りまくのだ。
「さすがですね……」
と、すっかり場の主役となってしまったナブレット氏に、若干呆れ気味の微笑を浮かべたのは、杖を手にした神官である。薄桃色の長い髪から伸びる黒く力強い二本角は、オーガ族のそれより長く鋭い。白く美しい顔に浮かべた表情はたおやかだが、切れ長の瞳は油断なく周囲に気を払っていた。
神官エステラ。ナブレット氏と共にムニエカを調査していた隊員の一人。調査団唯一の竜族。
そして私の友人でもある。