
それから数日。
市場の様子は順調だった。
アストルティアの絵本に興味を持った人形たちは売り子のリルリラに群がり、子供たちは読み語りをねだった。エルフはエステラ嬢と共に机を並べて絵本を開き、市の片隅に小劇場とでもいうべき催しが生まれた。人だかりの中にアーリフとオネットもいる。こんなことなら本じゃなくて紙芝居にすればよかった、とは二人の感想だ。
私は私で自分の担当をこなす。レンドアから仕入れたバトエンの売れ行きはなかなかだったが、種類が足りなかったらしい。次はもっと強いのを仕入れてくれ、という要望を報告書に残しつつ、私は軽い休憩に入った。
宿屋の女将とエレインの会話が私の耳に入り込んできたのはそんな時だった。

「うちの宿、どうでしょうか」
女将は興味深げに身を乗り出していた。どうやらエレインの身元は知れ渡っているらしい。
宿屋協会の女は少し困った顔をしたが、やがて神妙に眉を一文字に整え、抑えた声音で語り始めた。
「一介の職員の身分でこのようなことを申し上げるのは大変恐縮なのですが……」
女将がごくりとつばを飲み込む。自然と私も耳ひれを立てる。エレインは少し俯き、表情を隠した。
「ムニエカの宿は……」
女将が拳をぐっと握る。そして協会員は表を上げた。
「ほぼ協会の基準を満たしています!」
喜色満面。女将がほっと息を吐く。宿屋のロビーに明かりがついたようだった。
「細かい部分に改善点は見られますが、我々のスタッフと連携すればその点はすぐにでも補えるでしょう!」
さりげなくアピールを交えつつ、エレインは一転して熱っぽく語る。これは私見ですが、と前置きしたうえで、彼女は両手を広げてみせた。
「より旅人にアピールできる環境を作れば、数年後には宿王グランプリの上位に入賞する可能性もありますよ!」
女将は喜んだようだ。リップサービスもあるだろうが、どうやらエレインはこの宿をかなり評価しているらしい。実際、雰囲気の良い宿だ。なお宿王グランプリは宿屋協会が定期的に催している番付企画で、創業のころから続く伝統行事らしい。
だが私にはエレインの言葉に少し引っかかるところがあった。
『より旅人にアピールできる環境を作れば、か……』
……普通なら単なる改善案だ。普通ならば。だが……
「アストルティアにとってゼニアスは新天地! 注目度が高いんです!」
エレインは拳を握りしめ、なおも興奮気味に語る。
「ムニエカは素敵な町ですし、交易が安定すれば大ブームを引き起こせるかもしれませんよ!」
「ちょっと……」
私は後ろから声をかけ、中断させた。少し仕事の話で、という体で手招きすると女将は丁寧に一礼して下がった。
訝しげな視線を向けるエレインに、私は首を振った。どうやら面倒な話になりそうだった。