
「もう知ってるとは思うが、ムニエカは……」
「人形の町、ですよね」
私が切り出すと、けろりとした顔でコンシェルジュは首を傾げた。何を気にしているのか、といった表情だ。
「考えようによっては、かえって人目を引くとは思いませんか? 観光地としては相当なポテンシャルを秘めてますよ」
なるほど。それで観光名物は? 問い返そうとして、やめた。歌い、踊る人形たち。苦いものがこみ上げる。私はそれを奥歯で噛み潰した。
「……彼らの生活というものがあるだろう」
「その生活を支えるのも協会の務めですよ」
彼女は指をピンと立てた。事も無げに。
「人形のメンテナンスだって、アストルティアから職人を呼べば可能だと思いませんか?」
「エレイン!」
私は思わず声を荒げた。禁忌に触れる言葉だった。協会員は怪訝な瞳で私を見つめ返す。小洒落た設えのロビーに硬質な空気が漂い始める。
私は窓の外に目をやった。アーリフと遊ぶオネットの姿が目に入った。
「エレイン」
私は声を落ち着かせ、オネットの背中を目で追った。
「数千年もの間……大人になれない子供を演じ続けた少女に、まだそれを続けろと言う権利が君にあるのか?」

エレインは瞼をぴくりと動かした。
人形の身体は直せても、心までは直せない。
彼らの精神は既に一度狂気に蝕まれ、今はこの町の守護天使が残した浄化装置の力で正気を保っているにすぎないのだ。装置が限界を迎えれば彼らは再び怨念の塊と化すだろう。
だが幸か不幸か、彼らの肉体はそこまでは保たない。数十年か、百年か、ともかくエドアルドの修理なしではその程度が限界なのだそうだ。
「……それで彼らの歴史は終わる。ようやくな」
この町のあらましを語り終え、そして私は首を振った。
「誰かがそこに手を加えれば……また同じことの繰り返しになるだろう」
さすがにエレインは即答しなかった。だが納得した様子でもなかった。彼女はバンダナから覗いた桃色の髪をひと房撫でると、挑戦的に私の顔を覗き込んだ。
「ならば何故、あなた方はキャラバンを率いてここにやってきたのです?」
「……それを言うな」
私は目をそらす。
実際、矛盾している。上の決定だと言えばそれまでだ。たがあの報告書を見た時……この町は既に終わっていると聞いた時……私自身、何か引っかかるものを感じていたのだ。この町にきて、その違和感はさらに大きくなった。
それが何なのか。いまだ答えは出ない。
「兎も角……あまり性急に事を進めるのは……」
「よう、仕事熱心なお二人サン」
と、宿のドアから声がする。誰あろう。ナブレット団長だ。
彼は親指で背後を示すと細い目をさらに細めて笑みを浮かべた。
「表で面白いモンが見られそうだぜ」