
出発の日。
荷挽き馬がいななくと、オネットとアーリフが手を振る。鎧のアーイシャがその隣で微笑み、オルーサはロベール人形と共に深々と頭を下げた。
エレインは一足先にムニエカを旅立った。ムニエカの支援は慎重に、しかし継続的に行いたいとのことだ。
「あの宿はお客様を待っているのですから」
それが彼女の出した答えだった。
ナブレット団長も一息つき次第オルフェアに戻り、巡業の準備を進めると言っている。
我々もあれこれの手続きを進めることになるだろう。二度目のキャラバンの結成時期は未定だが、少なくともリルリラは追加の絵本を約束している。ナドラガンドからも取り寄せようとエステラ嬢に持ちかけていた。
「強いバトエンも頼むぞ~!」
アモデウスの鉛筆を左右に振る人形に、私は苦笑と共に親指を立てて見せた。これで私も予約済みだ。一つ一つはまだ本格的とは言えないが、これらの小さな活動が、アストルティアとムニエカの緩やかな結びつきとなっていくだろう。
最後に特筆すべきエピソードとして、ある住民の依頼を紹介しておこう。

彼は広場で演奏を披露していた楽団の一人だった。出発前、彼は小さなノートをナブレット団長に託し、ある頼みごとをしていたのだ。それは……
「この曲、アンタらの国に"輸出"できないかな」
ナブレット団長は最初驚いたが、受け取った楽譜に目を通すと、すぐに満面の笑みを浮かべた。ムニエカの歌がアストルティアで歌われる……そんな日も、遠くないのかもしれない。
だが一方で、アマラーク王国が下した決断は、それとは真逆のものだった。

我々の報告を受け取ったリズク王は、水面下で進めているゼニアス復興事業の対象からムニエカを外すことを決定したのである。
賢王リズクは終わりゆく人形達にむやみに関わることを、むしろ彼らの平穏を乱す行為と判断したらしい。それを否定できるものはいないだろう。
「とはいえ……」
私はゼニアスの空を見上げる。
世界が蘇生すれば、閉じた世界に人と文化がなだれ込む。人形たちの物語が終わろうと、世界は容赦なくうねり、飛沫を上げて流動し、その潮流は間違いなくムニエカを飲み込んでいくのだ。アーシャ母子の移住や宿屋協会の活動などは、その最たるものである。
もちろん、我々のキャラバンも、その一つだ。
新たな旅人、新たな移住者。まだまだ多くの変化があの町の門を叩くに違いない。痛みを伴うやもしれぬ。だが、それでも止まるまい。
「町は生きている……」
ふと、私はかつて聞いた歌の名を口にしていた。
色あせた大地を馬車が行く。轍の跡が街道に不揃いなラインを描いた。蹄と車輪が石畳を叩き、その音が風に乗った。
雲と太陽は静かにそれを見下ろしていた。

(了)