
ラランブラ山道の片隅にひっそりと佇むメネト村は典型的な谷間の村である。切り立った岩山の合間、小川の流れに沿って作られた細い山道の両脇に丸太造りの素朴な家屋が立ち並ぶ。
村全体が細長い坂道のようなもので、恐らく元は宿場町の類だったのだろう。坂の合間に階段状に整えられた段々畑がこの村の食糧庫だ。
私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士であり、今はゼニアス調査団……通称"燈火の調査隊"の一員である。
アマラーク、ムニエカに続き我々のキャラバンはゼニアス北西、ラランブラにも進出していた。
……と、一言でいうが、この時点でそれなりの冒険ではあった。
ラランブラは山といっても緑豊かな森林地帯ではない。剥き出しの岩肌が威圧的に旅人を見下ろし、短い雑草と、葉の少ない樹木が寂しく大地を飾る。
霧深い山の中、街道とは名ばかりの砂利の寄せ集めが辛うじて草木の浸食を阻み、岩山に標を刻む。不安定な険しい山道。馬車の天敵である。
唯一の救いは道沿いに生えた綿毛のような植物で、これは夜になると発光し、山道を照らす。おかげで我々は道を失わずに済んだ。……いや、街道に沿って意図的にこの植物が植えられたと考えるべきだろう。かつての人類の知恵である。

報告書を読む限り、先行調査にあたったメンバーは、その点については特に苦労しなかったようだが……これが少人数の冒険者と交易品を積んだ隊商の違いというわけである。
メネト村は細い坂道の村。馬車を招き入れるだけで一苦労だ。荷物の大半は村の入り口に積み上げることになった。
「いやいや、助かったぞ」
と、ロナ長老が破顔する。
「何しろこの村は眠りから覚めたばかり……色々と不足しておるんじゃよ」
「お聞きしております」
我々は頷いた。
ジア・クトの侵略を逃れるため、この村が数千年の「眠り」についていたという話は、先行調査組から聞いている。ムニエカの天使は死んだ住民の魂を人形に入れて生き永らえさせていたというが……この村の天使は、生きたまま数千年もの間、住民を守るという凄まじい奇跡を引き起こしていたらしい。
「水とか食べ物とか大丈夫だったのかニャ」
猫魔道のニャルベルトが素朴な疑問を口にする。そのあたりも、天使の加護ということなのだろう。
だが目覚めた村人達はそうはいかない。瞳を開き、喋り、歩く。当然のように喉も渇くし腹も減る。
「嬉しいことに畑に使っていた土地は無事で、農業は再開できたのじゃが……他にも色々と入り用でのう……」
コケッコー、同意するように鶏が鳴く。道の脇には畑と並んで鶏のケージが見える。養鶏とジャガイモ栽培、そして林業が村の主産業だ。金属やガラス製品などは交易に頼らねばならない。

「かつては麓の町から商人が来ておったのじゃが……」
長老の顔は暗い。かつてと言っても数千年単位の話だ。山の麓、レストリア平野に並ぶのは、今や古びた遺跡のみ。
「あとは塩、じゃのう……」
「至上命題ですな」
私は額に手を当てた。塩は保存料としても栄養分としても必需品である。古い戦記物語でも、敵地を漂流する少年達が塩不足解消のため、危険を承知で進路を変更するくだりが有名だ。メネトのような山村にとって、旅商人がもたらす塩は生命線だったに違いない。
我々はキャラバンの備蓄からある程度を融通し、これは大変感謝された。しかし今後のことを考えればアストルティアからの輸入に頼り続けわけにはいかないだろう。アマラークからの補給線も遠い。第一、そのアマラークも塩の入手には苦労しているのだ。
ゼニアスの海はジア・クトに汚染され、死の海とまで呼ばれている。汚染の進んだ海域では空を行く海鳥さえ毒素にやられ、墜落するという。大型のサメ類などが独自の進化を遂げてこの海に適応しているが、人類にはまだ早すぎる。
となれば、海塩の採取も命がけとなる。製塩だって相当な手間をかけねばならない。
「アマラークとも相談して、長期計画で対応していくことになるでしょうね」
調査員のドワーフが忙しなくメモを取りながらそう言った。どの場所も問題は山積みというわけだ。
さてそんな中。
我々が宿泊した宿の主人もまた、頭を抱えていた。
「うーん、どうしたものか……」
宿の一階、ささやかな酒席で疲れを癒す我々の耳に、宿屋スィーテの悩み事が聞こえてきた。カウンターから音を立てて何かが落ちる。
「あ、これ落ちましたよ~」
リルリラが拾い上げたのは、手のひらサイズの木像だった。デザインは鶏。少々抜けた顔の、しかしどこか威厳のある奇妙な造形。台座には"コッケンさま"とある。
「ああ、これはどうも……」
スィーテは頭をかき、それを受け取った。
これが縁となった。