
休憩を終えた我々は、注意深く周囲を警戒しながら洞窟に近付く。
よく見れば洞窟付近の階段状になった石は、明らかに人工物である。洞窟の入り口に欠けた岩が見えるのは、柱の跡ではないか?
「古代の宝物庫かもしれませんよ!」
と突入しようとするスィーテを押し留め、我々は周囲を確認する。野生動物らしき足跡が複数見つかった。フンの跡もある。洞窟を出入りした痕跡も、一つや二つではない。
「つまりこの洞窟は、動物が普段から出入りしている場所、というわけだ」
「じゃ、危険はないんですね?」
スィーテの推測は、一般的には正しい。ただ、何か奇妙に近寄りがたい雰囲気を感じる。これは冒険者としての勘である。何より……
「静かすぎる……」
痕跡は確かにある。だが肝心の動物たちの姿はどうだ? 少し前に見かけた小鹿の影もいつの間にか消えている。谷間を抜ける風が短い雑草を揺らす。不穏であった。
「……油断するなよ」
私は猫とエルフに声をかけ、慎重に入り口に近付いた。ニャルベルトが毛を逆立てさせたのはその時だ。
「血の匂い……中からニャ!」
緊張が走る。猫魔族の嗅覚は、我々のそれとは比べ物にならない。
私は宿屋に、決して中に入らぬよう厳命した。スィーテは困惑した様子だったが、私は有無を言わせなかった。
もちろん、野生の獣や魔物同士が争いあうことは珍しくない。だがこんないわくありげな洞窟で、というのが気にかかった。それに手負いの獣や気の立ったモンスターは思わぬ暴走を見せることがある。
「もし戦いになったら逃げろ。さっきのキャンプか、その前につけた縄の目印で待ち合わせればいい」
「わ、わかりました……」
スィーテはおずおずと引き下がった。
私はリルリラ、ニャルベルトと頷きあうと、探索用の長棒の先にランタンをつるし、洞窟に差し込む。明かりとするためでもあり、危険なガスが充満していないかどうか確かめるためでもある。じわりと光が広がる。ゆらめく影が描く洞窟の輪郭は、この横穴がそう広くないことを示していた。

「行くぞ」
私は長棒をリルリラに手渡し、剣を構えながら横穴に足を踏み入れた。後ろではニャルベルトがいつでも火球を飛ばせるよう、杖を構えている。
かび臭い匂いが鼻孔をつく。ブーツが感じる石段の感触と均整の取れた等間隔の横幅が、これが天然の洞窟ではなく、誰かが作った通路であることを物語っていた。
歩みを進める。揺れるランタンが通路の終わりと、その先のこじんまりとした広場を映し出す。
強烈な死臭が漂い始める。ランタンを広場に向かって突き入れた瞬間、リルリラが息を飲んだ。
赤黒く染まった床。流れる血はまだ乾ききっていない。その血の源は地に伏した獣……小鹿のように見える。
だが我々が真に目を奪われたのは、その背に突き立てられたモノだった。
「剣……カタナか?」
あり得ない言葉を口にしているとわかっていても、目の前の光景を否定するのは難しかった。小鹿の躯に突き刺さったそれは、錆に覆われ、ひび割れながらも禍々しい輝きを放つ古びた刀であった。
この滅びの地の果ての、人里離れた洞窟の中で、何者かが刀を振るい、迷い込んだ小鹿を切り刻んだ……。誰が、何のために?
だが疑問を口にするより早く、少なくとも片方の回答は我々の目の前に現れようとしていた。
『目覚めよ、魔剣に眠りしモノ』
声が響く。耳ではなく、頭の中へ。
「何だ、これは……?」
戸惑う我々の前で、躯に突き刺さった刀がひとりでに浮き上がった。
『グランゼニス神の心より切り捨てられ、封印された力よ』
グランゼニス……? 意外な名前に驚く暇もなく、魔剣は音叉のようにキンと高い音を発し、振動を開始した。洞窟内の空気が揺れる。
『生贄の命を喰らい、忌々しき封印を切り裂け』
「これ、やばいよ!」
リルリラが叫ぶ。私は盾を前に突き出しながら叫んだ。
「下がれ!」
『そして世界に破壊と死を!』
空気が爆発するような衝撃が我々を襲った。土煙が舞う。ランタンが地面に落ち、影が躍る。
そしてそれが収まったとき、我々の前にいたのは、ゆったりとした衣服と軽装の鎧に身を包み、刀を構えた豹頭の男。
『魔剣神レパルド。我、神の剣なり』
剣士は名乗りを上げ、ゆっくりと刃筋を立てた。