
「間一髪だニャー」
ニャルベルトが荒い息を吐いた。エルフも地べたに座り込む。
洞窟の入り口は完全に岩に埋もれていた。今や、ただの崩れた崖だ。細い樹木に囲まれた岩山の一角。静かに風が流れる。まるで最初から、何もなかったかのように。
スィーテの姿は見えなかった。巻き込まれたとは思いたくない。指示通り、キャンプまで戻っているはずだ。
「お宝は……ちょっと無理かなぁ」
リルリラは崩れた洞窟に目をやった。惜しいが命には代えられない。
レパルドは……助かるまい。
「何だったんだ、あれは……」
私は空を見上げた。神の剣。確かにそう名乗っていた。グランゼニスより切り捨てられ、封印された力とも。
「神の怒りにより世界を破壊する、か……」
だが私が口にした通り、彼が封印されている間に世界は……ゼニアスは破壊されてしまった。ジア・クトの侵略によって。
いわば彼は、己の使命を永遠に果たすができなくなったのだ。
「でも神様って、世界を守ろうとしたんだよね?」
リルリラが首を傾げる。確かに、と私も頷く。グランゼニス神は侵略者ジア・クトと戦い、その命と引き換えの呪いによってこれを退散せしめたという。

「神にはいくつもの側面があるというが……」
もしジア・クトとの戦いのとき、レパルドが封印されていなかったなら、彼は神の剣として侵略者に立ち向かっただろう。
人の業に鉄槌を下す非情なる神。命を賭して人類を守る慈悲深き神。神の剣は、その一側面だったのかもしれない……。
……などと神話の時代に思いをはせるのは、我々には少し早すぎた。
何故なら地鳴りの音と共に、崩れた崖が再び振動を開始したからだ。
「何だ!?」
地響きに身を揺らしながら私は距離を取り、剣を構えた。最悪の想像が脳裏をよぎる。
その脳に、再び声が響いた。
『聞こえぬ……いと高き神の声も。天使の声も。地を満たす人の子の声すらも』
「備えろ!」
私はエルフと猫をかばいつつ開けた岩場に駆けだした。閃光!崩れた土砂が弾け飛ぶ。
再びぽっかりと崖に横穴が開く。土煙の中に立っていたのは、真っ白く瞳を見開いた豹頭の剣士。

彼は天に向かって吠えた。
『何故に滅びたか、ゼニアス!』
悲鳴のような絶叫が衝撃となって我々を威圧する。歯を食いしばりながら私はそれに耐えた。
レパルドはボロボロになった身体を引きずりながら空を……ゼニアスを見上げた。
『神すらも滅びたか、ゼニアス……』
レパルドの虚ろな瞳が、何を映したのか。我々にはわからなかった。荒涼たる岩山の一角で、人ならざるものが空に問う。どこか神々しく、しかし奇妙なその姿は、かつて封印されし神の欠片が、世界そのものと対話する姿だったのかもしれなかった。
やがて彼はゆっくりと視線を落とした。
『神の敵……ジア・クト』
ぞくりとするような冷たい思念が背筋を凍らせた。何よりも純粋なそれは、憎悪。
『我、神の剣なり』
レパルドは赤く錆びつき、ひび割れた剣を握りしめた。
そして彼は振り返った。
虚無の視線が世界を貫く。
私は咄嗟に剣を構えた。理力を宿し、赤く光る剣を。
『ジア・クト』
と、彼はもう一度呟いた。そして私を……私の右腕を睨みつけると、怒りとも歓喜ともつかぬ鮮烈な形に顔を歪め、狂気の叫びを発した。
『我、敵を得たり!』
獣人は岩を踏み砕き、剣を掲げた。その標的は紛れもなく、私!
『我、神の剣なり! 神の敵を斬り、神の敵を滅ぼす』
「どういうことだ……!」
剣を払いながら私は攻撃に備える。剣神が距離を詰めるのは、一瞬だった。
刀が右腕を襲う。赤光りする剣でそれを受け流しながら私は混乱を必死で振り払った。
「神と喧嘩した覚えはないぞ!」
確かに子供の頃から朝夕の祈りをサボりがちではあったが、ここまでされる謂れはない!
「ニャー!!」
猫が援護の火球を飛ばす。一つは刀に弾かれ、一つは地に落ちる。炎上する爆炎が私とレパルドの剣を煌々と照らしだした。
レパルドの古刀は剣気に包まれ、錆びついた刀身に歪んだ光を灯していた。
私の剣は赤く輝くネレウスソード。かつてナドラガンドを恐怖の底に沈めた"海冥主"の力を宿した霊剣……の、レプリカだ。流れる水のような水晶の輝きが相対する魔剣を映し出す。
水晶の輝き……ふと、私の脳裏に場違いなジョークが浮かんだ。
ジア・クトは念晶生命体。結晶のような肉体を持つ。水晶のように輝く、ネレウスソード。
まさか、これをジア・クトと間違えたなどということは……

『滅びるがよい!』
狂気の眼差しが魔剣を輝かせ、剣神の怪力が豪刀を振り下ろす。答え合わせをしている暇はない!
魔剣は眼前に迫っていた。