
「これがお宝……ですか?」
首のない天使像を見上げて、宿屋スィーテは落胆とも感嘆ともつかぬため息をついた。
魔剣を辛うじて退けた我々は、レパルドが破壊した洞窟の入り口から探索を再開し、最奥へとたどり着いた。そこで見つけたのがこの天使像、というわけだ。
「実は中が空洞になっててお宝が眠ってるとか、そういうのないですかね」
スィーテは未練がましく天使像を撫でまわした。天使が呆れ顔を浮かべたかどうか、定かではない。首から上が完全にもぎとられていたからだ。
年月によるものか、何者かが破壊したのか……ともあれ、他に目ぼしいものは見当たらない。これが地図の示す「お宝」で間違いないようだ。
スィーテはやや落胆した様子だったが、すぐに気を取り直し、像を村に運ぼうと言い出した。
「こんな所じゃ天使様も寂しいでしょうし、ご利益もありそうじゃないですか」
宿の象徴として宣伝に使おう、とのことだ。この男、転んでもただでは起きない。
とはいえ、この大きさの像を運ぶとなれば、我々だけでは無理がある。
「後日、調査隊や村人たちを連れて再度の来訪、といったところだな」
我々は頷きあい、帰還の準備を開始した。
……と、洞窟の入り口で小石の転がる音がした。
光のさす方向……。破壊された岩石と灌木の陰から、小鹿に野兎……野生の獣たちがこちらをうかがっていた。
『何だ……?』
無表情な視線。私にはそれが妙に気にかかった。
*
数日後。
洞窟を訪れた研究員のデイゴロは天使像と我々の話を聞き、成程と頷いた。

「ひょっとすると信仰を隠さねばならない事情があったのかもしれませんね。それで像をこんな人目のつかない場所に隠し、地図に想いを託して未来へと繋いだ……といったところでしょうか」
けだかき魂の地図、と彼は宝の地図にロマンチックな名前を付けてみせた。
「それはいいんだが……」
私は腕を組んだ。もう一つの謎。あの魔剣神レパルドのことだ。デイゴロはフム、と手帳をめくった。
「調査員が発見した古い石碑によると……確かにゼニアスの主神グランゼニスは、一度世界を滅ぼそうとしたようです」
手帳の中の几帳面な文字が神話を語る。結局神は説得されて考え直し、己の破壊衝動を10の欠片に分断して迷宮の奥底に封じ込めた……とのことだ。
私は首を振り、肩をすくめた。
「神ともなると、衝動を我慢するだけで分身が10も出るんだな」
「世界を作る神ですからね。心の奥底に気持ちを封じる行為が、迷宮の奥に魔物を封印するという形で具現化されるんでしょう」
デイゴロはそれらしい理屈を披露したが、本人も半ば笑い話のつもりだろう。口の端が上がっている。
「だがゼニアスは神が滅ぼさずとも滅びの時を迎えた、か……」
「ジア・クトの侵略……。ままならぬものですね」

私はあの時浮かんだ想像を再び蘇らせた。
もし封印されていなければ、レパルドはジア・クトの侵略に敢然と立ち向かったに違いない。神の剣として。
人類を断罪する神の剣。
世界の敵を打ち倒す神の剣。
レパルドは、そのどちらにもなれなかったわけだ。
「成程……。悲しき魔剣というわけですね。たまに迷い込む野生動物を食らいながら、彼は死に場所を……剣を振り下ろすべき敵を求めていたのかもしれません」
デイゴロはしみじみと瞳を閉じた。だが……
「どうしてその敵が私なんだ」
私は憮然とした表情で腰に手を当てる。
「さあ」
ドワーフは軽く肩をすくめた。
「手近に良さそうな相手がいたから、ちょうどいい標的として斬ってみたんじゃないですか?」
「そんないい加減な話があるか」
私はネレウスソードに目をやる。まさか本当にジア・クトと間違われたとは思いたくないが……
「まあ、古い神話ですし、何かが間違ってる可能性もありますからね」
デイゴロはお手上げとばかりに天井を見上げた。考えて答えが出る話ではないようだ。
一方、洞窟の奥ではスィーテと村人たちが像を運ぶ手はずを整えたところだった。
スィーテが名残惜しげに洞窟を見渡した。
「これで宝さがしも終わりですね」
ほっとしたような、寂しいような。冒険の終わりにはつきものの、あの感情だ。
だが私にはもう一つ、やり残したことがあった。
「これで終わりかどうか、もう一つ欲張って見てもいいかもしれんぞ」
「えっ?」
スィーテが怪訝な顔をする。
私はデイゴロと数人の研究員を手招きし、洞窟の一角をそっと指さした。
剥き出しの岩肌に小鹿や野兎が集まり、しきりに口をこすりつける姿があった。
「例の調査、頼めるか?」
デイゴロは満面の笑みで頷いた。