血の色をした鎧が、山道を埋め尽くす。
少なく見積もっても100を超えるだろう。地鳴りのような音を響かせ、それが接近する。
意思を感じさせぬ機械的な行進だった。
「えぇい!」

私は剣に理力を込め、薙ぎ払った。光の奔流が兵士らを襲い、赤い鎧を灼き切っていく。焦げ臭いにおいが漂い、最前列の数人が倒れた。
地に伏せた鎧は音もなく消える。まるで幽霊のように。
意にも介さず、次の兵士が前進する。フルフェイス・ヘルムの奥から、虚ろな眼差しがのぞく。
「一体どうなっている!」
門を背に、剣を構えたまま私は荒い息を吐いた。
隣で槍を構えるオーガ族の護衛兵も、肩で息をしている。
「こいつら、普通じゃないぞ!」
我々が背負った木製の門はいかにも頼りなく、村を囲む低い柵は行軍を阻むことすらできそうになかった。
霧深いラランブラ山中に、不気味なまでに規則正しい足音が響く。
嫌な汗が耳ひれを伝って流れ落ちた。
*
取り込み中なので手短にいこう。
私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士である。
ゼニアス調査の一環としてメネト村に滞在していた我々は、謎の軍団の襲撃を受けていた。
メネトを守る戦力は輸送隊の護衛兵程度。
可能なら村人を避難させるまで時間を稼ぎ、撤退といきたいところだが……
私は背後にちらりと目をやる。エルフのリルリラが駆けてくるのが見えた。頭の上に大きくバツ印。避難不能!
「やっぱりダメか!」
オーガの護衛兵が悲鳴のような声を上げる。私は声を張り上げた。
「道の細さは寡兵に利するものだ! 地の利はあると思え!」
迫りくる壁に、再び理力を叩きつける。と、同時に後ろから気迫の雄たけびが上がった。
「ニャーー!!」
猫魔道のニャルベルトが気合と共に火球を空へと飛ばし、頭上から敵陣へと叩きつける。炎上!
普通ならパニックになり、隊列が乱れるところだ。
が、声なき兵士たちはうめき声一つ上げない。
先に立つものから一人、また一人と倒れ、そして消えていく。黒煙の中、赤い鎧が前進する。
異様であった。
「こいつら……!」
オーガの護衛兵が激昂したように突撃し、槍を突き立てた。紫色の刃が狼牙の鋭さで赤鎧を貫く。オーガの巨体を叩きつけられ、兵士数名がまとめて吹き飛んだ。
が、それは彼が敵陣に突出したという意味でもある。
魔軍の刃が護衛兵を取り囲む。
「下がれ!」
私は駆けだすと同時に光の理力を剣に集中した。オーガ兵は一太刀を槍の柄で弾き、もう一太刀はショルダーアーマーで甘んじて受け、かろうじて後退する。入れ替わりに躍り出た私は高く跳躍し、光を叩きつけた。
ギガブレイクの閃光が赤い鎧を蒸発させる。
だが私の眼前に広がるのは、勝利の光景には程遠い。押し寄せる鎧の群れ。ガシャリ、ガシャリと一糸乱れぬ音を立て、もの言わぬ兵士が前進する。
私は剣を構え直しつつも顔をしかめた。
「このままでは、数に押される……!」
「おいおい、らしくもねえな」
と、挑発的な声が響いた。
次の瞬間、雷鳴が轟く。ラランブラ山道が白に染まった。
無数の鎧たちが街道に倒れ伏す中、その中央に颯爽と影が降り立つ。その男は剣をひと振りすると山道の下から私を見上げた。試すように。
そしてわざとらしく耳ひれに手を触れながらため息をついてみせた。
「偉そうな魔法戦士サマも、実戦じゃその程度か?」
男は腕を組み、挑戦的な視線を投げかける。倒れ伏す鎧と白煙の中、佇む姿が不思議と絵になる男だ。が、しかし……
「戦場に遅刻してきておいて、偉そうなのはどっちだ? ヒューザ」
私は軽口とともに肩をすくめ、その戦士の名を呼んだ。

剣士ヒューザ。私と同郷の冒険者。そしてゼニアス調査団、通称"燈火の調査隊"の一員である。
なおも魔軍が押し寄せる。ヒューザは振り返った。私もその隣に並び立つ。
「遅刻した分、働いてもらうぞ」
「人使いが荒い奴だな」
二人のウェディが剣を構える。

だがその必要はなかった。
次の瞬間、鎧の軍団は黒い霧に包まれ、轟音と共に地中へと引きずり込まれていたのだから。
「遅刻して済まなかったね」
と、爽やかな声が響いた。
「お詫びにこの兵士達は僕が引き受けておくよ」
空が呻くような音を立て、闇が広がっていった。
それが拡散し、収束すると、兵士達の姿は跡形もなく消えていた。
細い山道に佇むのは、人懐っこい笑みを浮かべた華奢な青年ただ一人。
「シリルさん!」
リルリラが歓喜と共に、彼の"仮の名"を呼んだ。
そして私は真の名を呼ぶ。
「アスバル殿……貴公までここに!」
ゼクレス魔導国を統べる魔王アスバル。
それが彼の名前だった。