「やはり以前とよく似た症状だね」
アスバルは眠る村人の額に手を当て、何らかの魔術的な印を結んだ。一瞬、村人の体がピクリとゆれる。が、それだけであった。

「ちょっと前まで元気に働いてたのに……」
リルリラが肩を落とす。
帝国の兵士たちが現れる少し前のこと。メネトの村人達は突然、意識を失い眠り始めた。
異様な光景であった。何しろ今でこそベッドに寝かせているが、ほとんどの村人は立ったまま眠っていたのだから。
道端で立ち尽くしたままスヤスヤと眠る人々……何かの冗談かと思いたかったが、どうも笑えない話らしい。
住民の避難を断念したのも、これが理由である。
「問題は、これが初めてじゃねえってことだな」
ヒューザは腕を組んだ。
彼の言うとおり、メネトの村は元々眠りの村だった。全ての住民が眠り続けていたのだ。神話の時代から数千年、いやそれ以上。
そんなメネトにニワトリの鳴き声を響かせ、幾星霜ぶりの朝を告げたのが他ならぬヒューザやアスバル、そして"エックスさん"の名で呼ばれる調査隊の隊長達だった。

「ただし」
と魔王アスバルは言う。
「かつての眠りは天使による守護……守りの封印だった。今回は違う」
これはかつての眠りを模した呪い。村人たちは悪夢の中で衰弱死、老い、やがて死に至る。彼はそう語った。私は低く唸る。
「一体、誰がそんなことを……?」
私の疑問に、魔王と剣士は素早く周囲に目をやった。オーガ兵やドワーフたちの視線が集まる。
「……少し、場所を変えようか」
魔王は宣言した。
さりげない、しかし有無を言わさぬ態度だった。
*
一本の大樹と、それを守護するようなニワトリ像。それらを見上げるように張り巡らされた古い布飾り。坂道の村メネトの頂上、最奥に位置するその広場は、ヤドリギ広場の名で呼ばれている。
儀式的に並べられた石床の中央に、淡い輝きを放つ魔法陣。その中央に魔王アスバルは立っていた。
「どうぞ、入って」
彼は杖の石突で魔方陣を叩き、その輝きを強めた。広場に通されたのはごく少数。アスバルの真の姿……魔王としての顔を知る者だけだった。
「これは魔力増幅の呪法でね。彼の持つ目覚めの力を僕の力で高めてみたんだ」
と、彼は頭上を見上げた。黄金の尾羽が舞い降りる。
「……コッケン様!?」

リルリラが金色のニワトリを仰ぐ。霊鳥はコケっと頷いた。メネトの守り神。朝を告げる翼。かつてヒューザ達はこのニワトリの力を借りて、メネトを眠りから目覚めさせたのだという。
「グッズとそっくり!」
「妙な驚き方をするんじゃあない」
私は隣のエルフをたしなめた。魔王は苦笑しながら続ける。
「ただ、今度の眠りは強制的な呪いで、少々手ごわい。神に属するコッケン様の力と、僕の魔の力は相性が悪いらしくてね」
悪夢を和らげることまではできても、目覚めさせるには足りないのだ、と魔王は語った。
「今、隊長がその対策として、仲立ちとなる天使の力を手に入れようとしているところさ」
「そこまで話が進んでいたとは……」
私は"隊長"の顔と、その併せ持つ肩書を思い浮かべる。勇者の盟友、解放者、そして大魔王。相変わらず、規格外の人物だ。
が、それだけに気がかりである。
そんな大物が魔王と共闘してまで立ち向かわなければならない相手……この一連の騒動を引き起こしたのは……
「一体、何者の仕業なのです?」
ふむ、と彼は杖を手繰り寄せる。杖の先にニワトリが止まり、小さく鳴いた。
「僕達も隊長から伝え聞いたことだけどね……」
ヒューザも頷く。我々はごくりとつばを飲み込んだ。
「結論から言うと……これは女神ゼネシアの仕業だよ」
「女神……?」
私とリルリラは顔を見合わせ、ニャルベルトは口をあんぐりと開けた。
「え……? 女神様って、ゼニアスを復活させようとしてたんじゃなかったの?」
リルリラの台詞は私の気持ちをそのまま代弁していた。"隊長"がゼニアスの女神を開放し、その加護を受けながらゼニアスを救う旅をしている……という話は、調査隊員ならば誰もが知っている話だった。
「ゼニアス復活は目的じゃなく手段。彼女には、欲しいものがあったらしい」
まだ混乱を隠せないリルリラを尻目に、アスバルは冷徹に語った。
女神ゼネシアの野心。父グランゼニスとの確執と、主神の座をめぐる妹ルティアナへの対抗心。
そして、かつて己の力を示すため、わざと侵略者ジア・クトをゼニアスに招き入れたこと……
「馬鹿な……」
「その馬鹿を、やっちまったのさ」
ヒューザは苦虫を噛み潰したような表情で肩をすくめた。