
何度かの襲撃があった。
何度かの戦いがあった。
戦歴を重ねるごとに兵たちの顔つきは精悍さを増し、村の空気は剣呑さを増していった。
ドゥラ院長は、何もヒューザとアスバルを二人きりで投げてよこしたわけではなかった。
ドルワーム、ガートラントが中心となり結成された燈火の"防衛隊"。少し遅れて到着した馬車には、屈強な兵士と資材がギュウギュウに詰め込まれていたのである。
バリケード、バリスタ、組み立て式のやぐら。一大軍団とはいかないものの、最低限の防衛設備が瞬く間に整った。アストルティア防衛軍のノウハウが活きた形だ。
「これで大砲の一門もあれば万全なんだが」
「村の連中が怒るぜ。こんなに物騒な村にしちまって」
「今のところその心配は無用だな」
私とヒューザは冗談を言い合った。少々不謹慎なジョークだったかもしれない。村人達はあれからずっと、こんこんと眠り続けているのだから。
アスバルは魔法陣にかかりきりになっている。"隊長"が戻るまで、村人たちを悪夢から守護するのが彼とコッケン様の仕事である。
何度目かの防衛戦。
ヒューザは常に最前列で剣をふるう。赤い鎧を瞬く間に両断するその雄姿は、百万の演説より兵達の心を熱く躍らせた。その剛腕に舌を巻く。前に会った時より、更に強くなったようだ。
私は一歩引いた位置から援護の矢を飛ばしつつ全体を見渡す。バイキルト、ピオリム、フォースにクロックチャージ。魔法戦士の放つ理力と魔力は、兵士一人一人の力を倍増させる。ヒューザが個の力を見せるなら、こちらは統率された組織の力を披露するまで。一瞬、視線を交わす。やるじゃないか、と互いに笑みを交わした。

弓兵、呪文兵が櫓からの狙い撃ちで細い通路に敵を追い込む。私が号令をかけると、通路わきに隠れていた伏兵がそこに突撃をかける。奇襲! ガナン兵は次々と打ち取られ、乾いた金属音を山道に響かせて消えていった。
勝ちどきの声が上がる。
「警戒、怠るな!」
私は警告の声を飛ばしつつ、自らも周囲を見渡した。
何かに気づく。
岩肌をむき出しにした細い山道。荒涼とした大地に細く高い木々がまばらにそびえる。そんな視界の端を、ふと、黒い影が横切った。
目を凝らす。
それは野生の狼のように見えた。
黒いくしなやかな肢体。ハリネズミを思わせる逆立った毛並みが獰猛に天を突く。赤黒い眼光が、岩山の上から戦場を見下ろしていた。
その静かな佇まいは禍々しくも神々しく、黒いまなざしは戦場を観察する冷徹な指揮官を思わせる。

最後のガナン兵が倒れる。狼は興味を失ったように背を向け、跳ねた。
影が空に溶け込み、消える。
「あれは……」
「お前も気づいたか。あいつ、ずっと見てやがったぜ」
いつの間にか、ヒューザが隣にいた。私は頷く。ただの狼ではありえない。そして私はあの恐ろしくも美しいシルエットに見覚えがあった。
「ゼナベスティア……」
かつて女神ゼネシアが創造した神獣。
私は一度だけ、彼の魔狼と相まみえたことがあった。リルリラやニャルベルトと共にシュタール地方を旅していた頃、偶然にも神話時代の遺物に触れ、突如として現れた謎の狼と戦闘になったのだ。
我々は辛うじてその場を切り抜けた……逃げ延びたといった方が良いかもしれない。ゼネシアがまだ野心を露にする前の話だ。神獣からすれば、ほんの戯れに過ぎなかったのだろう。
「もしあれが本格的に乗り込んできたら、難しい戦いになるな……」
私は戦いの記憶を辿りながら呟いた。剣の一撃を受け止める神獣の牙。刃を通して伝わる力が、振動するように私の右腕を痺れさせた。
「来るなら斬ればいいだけだろ」
こともなげにヒューザは言い切り、つい先ほどまでゼナベスティアが佇んでいた岩に向けて剣をふるった。斬撃が岩を砕く。
大地に降り注ぐ土砂を目で追いながら、私は神獣の影をそこに重ねていた。
争いあう人々を一つにまとめるには、強大な敵を作ればいい。そう考えた女神が生み出したのが神獣ゼナベスティアだった。必要悪。人類が手を取り合って脅威に立ち向かう、壮大な物語を成立させるための憎まれ役。
だが女神の提案は退けられ、魔狼は永き眠りを強いられた。
そして今、目覚めし獣に与えられた役割は……。
砂が地に落ちる。
日も落ちかけていた。
「行こうぜ」
ヒューザが帰還を促した。村の方に目を向けると、戦勝を祝う兵たちに混ざって、小柄なシルエットがこちらを伺っていた。
エルフのリルリラだ。
少し、疲れているように見える。
「そうだな」
私は踵を返し、村へと向かった。
彼女のことも、気になっていた。