
戦いが終わり、村には賑わいが戻り始める。防衛隊も撤収を開始したが、主だった者たちはまだ戦場に残り、先の戦いを振り返っていた。
山道を抜ける風が戦いに火照った体を癒す。ある者は木陰に腰を下ろし、ある者は敵の痕跡を丁寧に調べながら銘々に語り合う。
「しかし」
と、アスバルが杖で地を突く。
「神獣まで繰り出してくるとはね」
「ああ、面倒な奴だったぜ」
ヒューザも相槌をうつ。だが……。私は腕を組んで小さく唸った。
「確かに強敵ではあったが……」
皆が私に振り替える。私はそのまま続けた。
「私は以前にもあの神獣を見たことがある。明らかに、前に会った時ほどの強さではなかった……」
兼ねてよりの疑問を口にする。魔王はフム、と顎に手を当てた。
「あれだけの数を出撃させたんだ。分散したことで力が弱まってるのかもしれない」
確かに頷ける理屈だ。しかし……。私はなおも引っかかるものを感じていた。
「言葉にはしづらいことですが……。それ以前に力を出し切れていない……言うなれば、そう……。迷いがあるようにも見えた」
「迷い?」
一同が首を傾げる。私は軽く頭をかいた。
「いや、私の思い込みかもしれん」
……と、背後から小さな足音がした。そして小さな声が。
「あいつは生まれてから、ずっと眠らされてた」
少年……私は声からそう判断し、振り向いた。誰もいない。
「……だから人と話したこともあんまりない」
声は途切れず聞こえてくる。私の足元から。
想定したかなり低い位置、思ったよりも小さな生き物がそこにいた。
白く小さな、狼。
「……ゼナベスティア!?」
「ラキはゼナベスティアじゃない」

少年の声で、彼は反論した。ゼナベスティアと同じ、逆立ったたてがみを持つ狼。だがゼナベスティアより一回り小さく、そして何より漆黒のゼナベスティアとは対照的に、白銀の色に輝く毛並み。
「犬がしゃべってる……!」
「ラキは犬じゃない!」
ニャルベルトとリルリラが驚き、隊長殿は苦笑いだ。ポルテは額に手を当て「仕方のない奴だ」と呟く。どうやら、彼らにとっては既知の仲間ということらしい。
彼……ラキと名乗ったその狼は、たどたどしく語り始めた。
「アイツは、ねえさ……女神ゼネシアが何故ああなってしまったのかも、村を襲えと言われた訳も、多分わかってない。戦う理由がわからないから、迷う」
そしてラキは私を見上げ、瞳を輝かせた。暗闇に浮かぶ象牙色の輝きは幼く、しかしどこまでも深い。私はこの小さな獣に、圧倒されるものを感じていた。
「オマエがあいつと話をしてくれたこと、ラキは嬉しいと思った。だから声をかけた」
「それは、どうも……」
握手を求めたら失礼にあたるだろうか? 白狼が私の手に前腕を乗せる姿を想像し、私は思わず吹き出しそうになった。
「もっとも、力を出し切れていないとはいえ、簡単な相手ではなかった」
と、私は何とか取り繕う。
「右腕を狙ってくる癖を突けなければ、もっと苦戦しただろう」
「右腕?」
ポルテが怪訝な顔をした。私は肩をすくめ、冗談半分に答えた。
あの魔剣神レパルド、そして神獣ゼナベスティア。いずれも私の右腕……そこに握られた剣を異常なまでに敵視していた。ジア・クトの名を出した後は特にだ。
「この剣がジア・クトの体に似ているとでも言うのかな……」
私はネレウスソードを……水晶の刃を披露しつつ苦笑した。いくらなんでも、ひどいジョークだ。
ヒューザは呆れ果て、隊長殿も苦笑を漏らしたが……
「右腕……かい?」
魔王アスバルは鋭く瞳を光らせる。
ポルテは剣を無視して私の腕をつかんだ。何だというのか? 私は少なからず動揺する。
「神獣の小童よ、見てみるがいい」
「うん」
神獣の……? ポルテの言葉を噛み砕くより先に、狼が私の手に鼻先を近づける。自然、私は跪くような姿勢となった。リルリラとニャルベルトが異変を嗅ぎつけ、駆け寄ってくる。
ラキは私の腕を凝視した、狼の頭が私の上腕を行き来する。そして一言。
「オマエの右手、おかしくなってる」
「なんと!?」

ネレウスソードが乾いた音を立てて地に落ちた。
ラランブラに吹く風が、小石を転がした。