【チャプター1:マッド・ザ・スワイン】

怒号が空に渦巻く。
突き上げた拳の群れが、壁のように押し寄せる。
ここはグランゼドーラ城下町。堅牢な城壁に守られた華やかな街に人があふれる。
だがその顔に笑顔はない。皆一様に怒りの表情を浮かべ、同じ言葉を叫び続ける。
王を出せ! 勇者姫を出せ!
彼らの声と足音が地鳴りのように城壁を揺らす。兵たちは険しい表情のまま警戒姿勢を堅持。地につけた槍の石突きから、穂先にまで震えが伝わるようだった。
曇天に雲が蠢く。
私はその様子を、唇をかみながら見つめていた。
集まった抗議隊の数は300を超えるだろうか。広場から溢れ返り、通路をも占拠する彼らの手には過激なメッセージを刻んだ旗が閃いていた。
『勇なき勇者は去れ』
やがて急造の台座に一人の男が立つ。身なりの良い初老の男だ。歓声が上がる。
上品なスーツと整った髭が品性を、大きく開かれた瞳が情熱を、そして小洒落た肩眼鏡と脇に抱えた書物が知性を演出する。
彼は凛々しい笑顔で観衆に応えると、拡声の魔法装置を手に、演説を開始した。
「今、ここに立つ自分を光栄に思います。私はビルート・クァ・ブート。ここにいる全ての人間の代表であります」
勝手に代表されても困るのだがな……
私は冷めた目を壇上に向けていた。
通行を妨げられたパン屋の娘が、バスケットを抱えたまま難儀そうに首を振る。子供を抱えた母親は、不安げな瞳を向けていた。少なくともあの男は、彼女らの代弁者ではあるまい……。
ビルートは拳を強く握り、声を張り上げた。
「今日は王国の全ての方々に、我々の声を届けるためにここに立たせて頂いた。全人類の平和を願う我々……汎人類主義連合の声を!」
汎人類主義連合の声を! 群衆がオウム返しに叫ぶ。滑稽なほどに大仰な名であった。だが、この大げさな名前は既にグランゼドーラ中に……否、アストルティア中に轟いているのである。
「我らの主張はただ一つであります! すなわち、魔族への徹底抗戦!」
「「徹底抗戦を!」」
練習通りなのだろう、抗議隊が繰り返す。
「民が王家を崇めるのは、民を守る勇者あってのこと。魔王との戦いは勇者の宿命! 何ゆえ、勇者は剣を取らないのでありましょうか! 我々は素朴に疑問を抱くものであります!」
剣を取れ! 剣を取れ! 抗議の旗が翻る。ビルートの声は更に熱を帯び始めた。
「何故、このようなことになったのでありましょうか……!」
群衆の怒号が響く。
ビルートの声に合わせるように、私は思い返していた。
なぜ、このようなことになったのか、を……