
私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士である。
ドゥラ隊長のもとでゼニアス探索の任にあたっていた私が、本国へと呼び戻されたのは半年ほど前のことだった。
そこで私はヴェリナードを、いやアストルティア全域を揺るがす事態と直面することになった。
魔界の軍勢が再びアストルティアに攻め込んだのである。
元より魔界とアストルティアは対立構造にある。大魔王マデサゴーラの脅威、そして魔王ヴァレリア率いるバルディスタ軍の侵攻は今も記憶に新しい。
だが勇者姫アンルシアはそのことごとくを退け、更にバルディスタをはじめとした魔界三国との間に平和条約を締結。
ここにアストルティアと魔界の戦いは終わりを告げ、平和な時代が訪れた……はずだった。
それが無残にも破られた。
民は嘆き、怒り狂い、勇者姫に魔王討伐を懇願した。当然、勇者はそれに応えるものと思われた。
だが勇者姫は怒りに身を任せることを良しとしなかった。
「まずは事実を確認すべきです」
彼女は魔仙卿を通して魔界との対話を試みた。大魔王マデサゴーラなき今、魔界三国を調停し会談の場を設けられるのは、魔界の長老たる魔仙卿だけである。

勇者と三人の魔王。人界と魔界の頂点が円卓を挟んで相まみえる。
そこで明かされたのは、アストルティアに攻め入ったのは魔王に従わぬ反乱勢力であり、魔界の総意ではないという事実だった。
魔王ヴァレリアは反乱勢力を粛正し、バルディスタに侵略の意思はないことを表明。勇者姫はこれを受け入れた。
だが、民衆の怒りは収まらなかった。
『勇者は騙されているのではないか? 魔族は本当に信用できるのか?』
悪いことに同じ頃、世界各地で魔物による都市襲撃が報告され始めた。
各都市に配置された"アストルティア防衛軍"が迎撃にあたるも、被害を完全に抑えることはできなかった
そして噂はまた一つ、形を変える。
『都市を襲撃する魔物こそ魔王の手先に違いない。勇者は魔王を恐れ、見て見ぬふりをしているのではないか……』
と……
勇者と魔王、双方への疑惑が世界を駆け巡る。
両陣営はこれを否定し、各国も同調したが、噂を押し留めるには至らなかった。風聞が烈風となり、恐慌が世界を覆う。
抗議の列が連日のように城壁に押し寄せ、勇者姫や王達は必死で説得に当たらねばならなかった。
一人の学者……ビルート・クァ・ブートが一冊の本を出版したのはその頃だった。

『汎人類主義における人民宣言論』
彼はこの書籍の中で勇者姫と各国の対応を声高に批判し、民衆の怒りを歴史人類学的な見地から肯定してみせたのである。
本は飛ぶように売れ、不満を持つ人々にとっての聖書となった。グランゼドーラからレンダーシアに、そしてアストルティア全土に。
やがてビルートは"大教授"の名で崇められ、反・王国派のリーダーに収まった。
汎人類主義連合。
この大げさな名を持つ団体は、魔界との戦いを主張する全ての人々を飲み込み、一大勢力へと拡大していったのである。