「売国奴め!」
と、誰かが叫ぶ。
「恥を知れ!」
「何が恥だってんだ!」
叫び返す男の声はまだ若い。通りに目をやると、荷車を引いた赤毛の青年が、数人の男女に囲まれていた。

「役人にペコペコ頭下げて、何を恵んでもらったのさ!」
中年の女性が胸をそびやかす。ビルートの集会で見た顔だった。
「あいつら威張り散らしてるけど、魔族は怖いからってんで野放しにしてるんだよ!」
「城の備蓄を払い下げてもらってるんだ!」
赤毛の青年は必死で抗弁した。衣服についた小麦とパンのマークから、パン職人と見当がついた。
「こんな状況、仕入れだって難儀してる。魔物の襲撃のせいで、よその町から小麦を仕入れるだけでも大変なんだ」
青年も興奮気味だった。次第に語気が荒くなる。
「少しでも安く、安全に原料を手に入れなきゃ、パンだって焼けやしない!」
「商売がそんなに大事なのか!」
取り囲んだ市民がなおも糾弾する。青年はその男をキッと睨みつけ、大きく手を広げて声を張り上げた。
「食わずに生きていけるもんか! あんたらだってそうだ! 俺たちがパンを焼かなきゃ、何を食うってんだ!」
「……失礼」
と、割って入ったのは何を隠そう、私である。シャビーが驚いた顔を見せる。ラミーロは苦笑い。
「帰りが遅いので、そちらの店の店員から様子を見てきてほしいと頼まれましてね」
むろん、嘘である。ノーブルハットの先で、羽飾りが揺れる。

「何か問題でもありましたか?」
私がぐるりと周囲を見渡すと、さすがに文句をつけていた民衆が一歩退く。魔法戦士団制式採用のノーブルコートは兎に角目立つ。ヴェリナードの使者と知って石を投げられるほど、主義者も肝が据わってないのだ。
「いや、ちょっと因縁つけられただけだよ」
「送りましょう」
私は荷車の取っ手を片方引き受けながら歩き始めた。自然、残る三人が荷車を守るように並んで歩く。
パン屋の男は無言で頭を下げた。ラミーロが揶揄うように笑う。
「お人よしだな、ミラージュさんよ」
「おかげで、旨いパンにありつけるかもしれないだろう?」
パン屋はすぐそこだった。
少しくたびれた看板には、オライリーのパン工房、とあった。