翌日。
潮騒と喧騒の中、旅立つ船に乗り込むリルリラを私は見送った。
陽光にきらめく波は美しく、その中を振り返ったエルフの影は、一枚の肖像画を思わせる。ふと、彼女がどこか手の届かないところに行ってしまうように思えて、私は思わず手を伸ばした。
……何を馬鹿な。弱気のせいだ。
私は自分を叱咤した。これはただの見送り。これはただの別行動。これまで何度もやってきたではないか。
同じこと。ただそれだけのことだ。私は自分に言い聞かせた。我ながら……女々しいことだ!
そしてもう一人、いや、もう一匹。
「ニャルベルト」
「ニャ!」
旅立つ猫に、私は声をかけた。

猫魔道のニャルベルトは振り返り杖を掲げた。彼もナドラガンド組だ。リルリラの護衛のために、と私が頼み込んだのだ。
もちろん本音ではある。が、魔界との関係悪化に伴い、人界に共存する魔物にも厳しい視線が向けられつつあった。猫島の猫魔族も例外ではない。
今回のナドラガンド行きは、そうした視線から彼を遠ざける意味もあった。
私は身をかがめ、猫の肩に手を置いた。
「頼むぞ、ニャルベルト。リルリラを……」
「皆まで言うニャ!」
猫は胸を張る。
「吾輩はあっちで、お前はこっちで、お互い頑張るニャ! そんでまたいつも通りみんなで冒険するのニャ!」
「……そうだな」
ふっと笑みが零れる。私にはこの猫の真っ直ぐな強さがうらやましかった。
拳と肉球をぶつけ合う。
柔らかく暖かな感触が伝わってきた。
船出。
汽笛が鳴る。各国の使節団がレンダーシアで合流し、ナドラガンドに渡る手はずだ。
エルフと猫が手を振った。私も手を振り返した。
次に会えるのはいつだろう。そう考えてしまう自分の弱気を叱咤し、笑顔を浮かべる。
私に戦う理由があるとすれば、それは彼らを笑顔で迎えるためだ。
何の変哲もない平凡な日々。それが今は遠い。
『それでも、いつの日か……』
潮騒が泣く様な音を上げて広がっていく。ウェナの海が白いしぶきを上げる。
船影が見えなくなるまで、私はそれを見送っていた。
【チャプター2:サム・デイ・ワン・デイ 終】
【チャプター3:インビジブル・マン に続く】