[これまでのあらすじ]
世界各地でモンスターが街を襲い始めた。
魔界からの侵略が始まったとの噂が広まり、民衆は混乱する。
魔王は関与を否定するも、過激な市民団体「汎人類主義連合」は魔界への反撃を主張。
協調路線を歩む勇者アンルシアは板挟みとなり、窮地に陥っていた。
ヴェリナード魔法戦士団のミラージュは真相を突き止めるべく捜査を開始するが……?
【チャプター3:インビジブル・マン】

激しい雄たけびが、爆風のような衝撃をまき散らす。
たてがみが揺れる。多腕多足、異形の獅子だ。一歩ごとに石畳を破壊しながら荒々しく激走する。剣を構え、私はその正面に立ちはだかった。
これで何度目になるだろう。魔物達による都市襲撃を、アストルティア防衛軍が迎え撃っていた。
趨勢は既に決していた。
魔物の群れは敗走を開始している。兵士達は早くも勝利を確信し、勝ちどきの声を上げ始めた。
だが、我々の仕事はここからだ。
私は横目で仲間達の姿を確認した。隣には大盾に身を隠し、歯を食いしばるトーレス。ラミーロは少し下がって様子を見る。城壁の上には、弓を構えたシャビーの姿もある。
「よし、いくぞ!」
私の号令でトーレスが前に出る。異形の獅子が四つの腕で殴り掛かるのを、彼は正面から受け止めて見せた。
横合いから私が剣を振るう。巨大な顔面をかすめるように刃が閃く。青い血が飛び散り、獅子の目を覆う。深手ではない。だが気を乱したはずだ。獅子は癇癪を起こしたように後ろ足で立ち上がり、荒れ狂う。私はそのまま背後に流れる。縦横無尽に振り乱した野獣の爪が空を切り、獅子は不自然に身をひねった体勢で踊り狂う。
「頃合いだ、ラミーロ!」
「おう!」
ラミーロは独特の足捌きで間合いを離すと、共に手にした呪符を高く掲げた。
「閃光を操りて、我、この者を鎖で封ず……ってね!」
詠唱と共に閃光が影を打ち消す! 呪符が弾けるような輝きを放つと、光の鎖が異形の獅子を絡めとっていた。野獣が苦悶の呻きと共に硬直する。
「撃て、シャビー!」
命じるまでもない。城壁の上から、若き魔法戦士は必中の矢を放っていた。空を切る光の弾丸が狙い過たず突き刺さる。後ろ脚に一つずつ、正確に。

「よっし、命中!」
シャビーが自ら喝采する。私は注意深くその傷を観察した。
致命傷ではない。急所は外していた。
それでいい。
閃光の鎖が溶けるように消え、異形の瞳がぎろりと戦士を睨む。
私はなおも観察する。
獅子は再び硬直。……と、突然に獅子の多腕がだらりと下がり、呆けたように棒立ちになる。
やがてその眼球がぐるりとあらぬ方を向き、白目をむいた。ゆっくりとまぶたが閉じていく。
私は静かに息を吐く。
「……作戦成功だ」
獅子はそのままドウと地に倒れ、寝息を立て始めた。トーレスが荒い息を吐き、ラミーロが飄々と口笛を吹く。城壁から飛び降りたシャビーが腕を大きく掲げた。
私は不自然に変色した獅子のたてがみに軽く触れ、後方に向けて声を上げる。
「輸送班に伝えろ! 目標の捕獲に成功した! すぐにオルファの丘に移送する!」
*
魔物の襲撃は連日のように続く。防衛軍は奮戦し被害を最低限に抑えてはいるが、それが勝利ではない。
何度防衛に成功しようと魔界への疑念があるかぎり、民衆の恐怖は募るばかりだ。
魔族への不信、勇者への不信、全面戦争を主張する汎人類主義連合の声……それらを解消できて、初めて勝利と呼べる。
故に、襲撃の背後関係を洗うことこそが我々魔法戦士団の真の任務だった。
幾多の部隊が世界各地に派遣され、追跡を続ける。現在の我々の担当は、プクランド方面だった。

敗走する魔物軍団の追跡は幾度となく行われた。
だが決まって途中で忽然と姿を消してしまう。転移の呪文か、何らかの装置によるものか……必死の捜索にもかかわらず、術者も装置も発見できなかった。
ならば魔物自身を調べようと死体の解剖も試みた。が、これも不可能だった。魔物たちの身体は死亡するや否や急速に劣化し、塵となってしまうからだ。明らかな作為があった。
そこで今回の作戦である。
敵を十分に弱らせたのち、天地雷鳴士が特別に仕立て上げた呪符で動きを止め、盗賊ギルド経由で入手した麻酔毒を矢に塗って撃ち込む。殺さずに捕獲し、専門家に調べさせるというわけだ。
「これで何体目かね?」
「どうだったか……ドワチャッカでも捕獲成功の報があった。サンプルは十分とはいえないが、着実に成果は出ているはずだ」
ラミーロと頷き合う。少しずつ、捜査は前進している。そのはずだ。

捕らえた魔物の輸送準備が完了する。
魔物が暴れた時の用心を兼ねて、我々もオルファの丘に同行することとなった。