続きです。
次は、ロールモデルを探して、設定しました。私がロールモデルに選んだのは、ヴィクトール・フランクルの話に出てくるとある名もわからないデザイナーです。フランクル 態度価値などで検索をすれば、関連した話が出て来ると思います。
フランクルが言うには、あるデザイナーが病にかかり手足が麻痺して仕事が出来なくなった。今までデザイナーとしての仕事を通じて創造価値を生み出すことで生きて来た彼には、その価値がなくなった。それでも、彼はめげずに病院で読書や音楽を楽しんだり、患者同士で会話を楽しむことで、体験価値を見出して前向きに生きていた。しかし、最終的に病が進行して、それらすら出来なくなった。ただ寝たきりで過ごす日々。生きている意味はあるのかと、疑問にしか思わない状況。そういう絶望の底としか言えない状況において、彼が彼の担当医だったフランクルにしたことは、フランクルにとって生涯忘れられないことだったと。
それは、彼が死ぬ最後の日。死ぬ寸前には、モルヒネを打って苦痛を和らげることになっていました。彼は自身の死期を悟り、フランクルが夜中に起こされることがないように、早めにモルヒネを打ってくれとフランクルに頼んだそうです。
もうあとは死ぬだけという今際の際に、寝たきりの人間がしたことは、目の前の自分を気遣うことであった。そこにフランクルはいたく感銘を受けて、それに態度価値と名前を付けました。人間にはどれだけ過酷な状況に追い込まれても、決して揺るがない価値が存在していて、それが生き様や態度で示せる態度価値であると。
私はこの話を読んで、本当にそうだと心から共感しました。どういう風に死にたいか、それを考えてみたら、この話に出てくるデザイナーのように私も死にたいと思いました。
それからは、もう一直線です。ゴールは既に決まっているのだから、あとは逆算すればいいだけですからね。苦痛や絶望にまみれ不幸としか言えない死に際にあっても、目の前の人間を気遣えるような人間で在りたい。ここをゴールとしたからには、当然それ未満の状況で同じことが出来ないなんて論外です。ちょっと嫌なことがあったから、イライラしたから、悲しいから、目の前の人間のことを考えられない。私には、そういう行い全てが恥じて反省し改善するべきものとなりました。
もちろん、今でも道半ばも良いところです。毎日毎日、内省を繰り返す日々です。それでも、確かに成長し続けている実感が、今の私にはあります。それが自信の源になり、今では自尊心に満ちて自己肯定感も溢れています。
最後は、とにかく褒める努力をしました。自分でも他人でもです。私は親から一度も褒められた経験がなかったので、他人を褒めたこともありませんでした。いつだって私のほうが上、みたいな論調で食ってかかってましたね。何でも良いから、どんな小さいことでも良いから、褒める努力をしました。そのおかげで、見る見る自己肯定感が高まって、人間関係も良好になりました。今では、私の特技は、他人を褒めることと、自分を褒めることです。
最終的に私がやったことは、文章に自分の感情を書き出す自己対話を通じての認知療法が、約5~6年間に渡り、累計800万文字分くらい。
ロールモデルを設定して、それに見合う生き方を徹底し始めてから4年目くらい。
他人と自分を褒め始めて5年目ってくらいって感じですね。
あとは、見ての通りです。死ぬために始めたことなのに、何の因果か、よく生きられるようになった途端に病状が落ち着いて来て。余命宣告されてから別に寛解したわけではないのに、もう6年間も生き永らえています。まあそのうち死ぬだろうけど、なんだかんだでもう少しは生きるのかなって程度ですね。私がちょくちょく日誌で、もう次はないかもとか、未練はないとかみたいに言ってたのはこれが理由です。
今改めて振り返ってみても、私は非常に幸運でした。25歳で余命宣告されたおかげで、何のために生きているのかという原始的な問いに、現実へ逃げることなく、ひたすら向き合い続けることが出来たからです。生活があるから、仕事があるから、学校があるから。そういうまだ生き続ける(と思っている)人々が、無意識に現実へ逃避して先送りにしがちな問いに対して、私はもう逃げられなかった。そのおかげで、今の私があると思っています。
人生は解釈ですよ。25歳で余命宣告をされた人間が、自分は幸せであると心の底から思っている。その事実が、あなたの目の前にあります。これを以て、自分の人生も解釈次第でもっと良いものに出来るかもしれない。そう感じたなら、きっと上手くいきますよ。私はそう信じていますし、陰ながら応援しています。おわり。