最近色んな人と話してて、なんか以前と変わったなと思うことが増えました。まあ別に私の影響ではないのかもしれないけど、そんなことは些事に過ぎないので、素直に他人の成長や変化を喜んでいます。ネトゲの醍醐味かも~。
私が自分の考えや思ってることを記してる理由は、私の経歴がそこそこ特異であろうと思われるので、他人に対して何かしらのきっかけになったら良いなと思っているからです。目的がそこにあるので、特に自身のことを開示するのに躊躇いはないですね。必要そうなら適時出してます。
リアルの私は屍人も良いところで、負け組アラサーというゲーム内の肩書きが大好きでずっと使ってます。日本に生きてる中だとガチの底辺オブザ底辺。私より現実が弱ぇやつはほとんどいないだろうな(私より下はもうセーフティゾーンから外れてて存在すら認知できないことが多い)って程度には雑魚なので、私に敬意を持つ必要性はないと思うのですが、思ってる以上に尊重されていると感じる反応を頂き割と内心で恐縮しています。道端に落ちてる石ころみたいな存在なんですけどねえ。
まあ石ころとはいえ、それがダイヤだったら誰でも踏まないようにするかもしれないと思うと、それなりに誇らしく思えてきますね。
別に私のようになれと言いたいわけじゃなくて、反面教師でもなんでも良いけど、良い方向に向かう小さなきっかけのひとつにでもなったら幸いって精神です。私なんか、私に言わせたら失敗と挫折の数しか取り柄のない人間ですからね。まあそれを誇りであり自身の武器としか思ってない辺りが、私なんだけどね。
何が言いたいかと言えば、感謝したいのはむしろ私の方なんですよ。何も為せず何者にも成れず、ただひっそりと朽ちてゆくだけの最中にあって、自分の意志が芽吹いていると感じられる瞬間ほど、幸せに思うことはないです。こんな私でも誰かの役に立つことがあったのだなあと、なんだかんだでまだ生きててよかったなあと、ただただそう感じています。名前も性別も年齢も何もかも知らない関係ですが、感謝!
サンキュードラクエ。ドラゴンクエストをなんで私は好きなんだろう?いつ始めたんだっけ?と記憶を思い返せば、始まりは小学2年生の中古屋でしたね。全財産500円を握りしめて、箱もなく無造作にソフトだけ並べられた中古品コーナーを物色していた時に、ゲームボーイカラー版のドラクエ3を手にした瞬間から始まったはずです。
そこから、テリーのワンダーランドとかジョーカーとか。PS2版のドラクエ5とかドラクエ8とかドラクエ9とか。貧乏だったので出るソフトを全部買えたわけじゃないし、買えたのも年に1回誕生日におばあちゃんが買ってくれただけだったので。いざ自分がソフトを手に入れる頃には、もう周りはみんなやってないなんてザラにありましたが。それはもう楽しく楽しく、何度もクリアしてはリセットして、趣向を変えてやり込んでいた記憶が蘇ってきます。
あの中古屋で何かひとつだけ買えるから買おうと悩んでいた時に、もしドラクエ3を手にしていなかったら。今こうしてドラクエ10をやっていることはなかったかもしれないし、そこでの出会いや関係性に感謝することもなかったのかもしれないですね。そう思うと、なかなかドラマを感じます。すぎやんが死に、アキーラも死に、かるみんも死んでゆきますが、ドラクエは不滅だなあと感じるのであった。