なんでいつ作ったかわからないものが6個もあるんだい!?当時コントローラーが壊れててズーム機能が使えなかったので、全て同じ距離感です。ついでに、当時の心境がまあまあアレだったので、その2はだいぶ感傷的な作風で統一されてるから注意。

洗 身 そ 白 透
い を の 銀 き
ざ 投 中 世 通
ら げ へ 界 る
い 心
に
お正月第四弾。この構図が好きみたいですね。去年も似たような景色と構図で作った記憶があります。
短歌の意味合いとしては、透明なまでに澄み切っているこの白銀の中へ、いっそ身を投げたら、私も同じようにまっさらで透き通った人間になれるだろうか。
色々と考えや感情がぐちゃぐちゃに絡み合っている複雑な自分自身と、濁りのない雪景色の対比、という感じです。純粋で清らかに汚れのない理想と、そこからかけ離れている現実との乖離。そこに思いを馳せて、自滅的な語り口になっている。まさか叶うはずもない、そんな無常感を詠んでみた感じですかね。
写真自体は、心理状態とは真逆に明るく綺麗で、その対比が皮肉で笑えるね、というニヒルな気持ち。
基本的に明るく元気よくをモットーにしていますが、それは陰鬱とした自分自身の存在も認めているからこそ。どちらも等しく私なのです。

道 頼 寒
を り 灯
行 に を
く 独
り
鬱々とした新年5弾。中身は逆に、結構メラメラしてますよ。
俳句の解説としては、季語が寒灯(かんとう)です。寒々とした冬の日に照る灯火のことで、孤独感や寂しさわびしさ、冬の厳しさなどを表現する言葉です。
俳句の意味合いとしては、寒さが厳しい冬の中でも、寒灯を頼りにして、独り道を進んでゆく。その心は、己が信念を貫くため、孤高に歩み続ける様と同じだ。そんな感じです。
人間は孤独な生き物です。どれだけ他人から慕われていようが、愛されていようが、例外なく死ぬ時は皆独り。思案に耽る時も、何かに没頭している時も、身が朽ちる時も、そこには自分自身しか存在しません。
暗中模索していく人生の中で、決して己のかがり火を絶やすな。道にどれだけ迷っても、決断に悩んでも。前に進むと、何度でも立ち上がると決めた信念、その火が胸に灯っている限り、いつか必ず道は拓けるもの。冬の厳しい寒さの中で、寒灯を頼りに道を進んでいくように。人生もまた、苦痛と苦悩に苛まれ続けますが、その先には必ず春が待っている。冬が終われば春が来る。そう信じて、ひたすら歩み続ける。これこそが、何事にも勝る価値であり、意義であり、証なのだと。私はそう思っています。

枯 皮 重
桜 肉 ね
混 見
じ る
り
に
最後を締め括る不穏ワードで溢れた第6弾。
俳句の解説としては、季語が枯桜(かれざくら)です。その名の通り、葉が落ち尽くして枝だけになった冬の桜のことです。
俳句の意味合いとしては、冬になり、春に人々の心を潤し愛された桜の木は、見る影もなく貧相な枝だけを垂らし枯れている。その姿は、まるで病に侵され死を待つだけの私のようだ。ただ暗鬱とこんな感じです。
言外に込めたメッセージとしては、枯桜よ。お前はまた咲き誇るつもりで、そこに在るのか。冬を耐え忍んでいるのか。であれば、私だって負けてはいられない。たとえ全盛期からは程遠くても、出来ることが限られていようとも、今持てる全てを尽くして、お前に倣うとしよう。共に在ろう、この命燃え尽きるまで。
言葉は不思議と力をくれる。折れそうになった時、挫けそうになった時、何度も紡ぐ言葉に救われてきた。ある時はただ真っ直ぐに、またある時は皮肉めいて。形なりは様々でも、その全てが再び立ち上がる勇気と、一歩を踏み出す活力を与えてくれた。心から感謝してる。これが私の生存戦略。我が生き様。