年末年始のソシャゲラッシュや、リアルのあれこれが無事に今日で終わりを迎えます。なんとかやり抜けました。来月からは暇になるので、先延ばしにしていた書かなきゃいけないものを書いていく予定です。具体的には、12月に頼まれていたものたち。
えー、ということでまずは釈明です。自分の中では完全に別物なんですけど、側から見たら違いがわからないですからね。時間がない忙しいという割には、絶えず日誌を書き続けていますねと。そのご指摘はごもっとも。簡単に言えば、普段自主的に書いてるものは全て、自慰行為みたいなものです。気持ちいいから、楽しいから、書きたいから、ストレス発散だから、本能に赴くまま書いてるだけなんですよ。という割には、内容が難しかったり、書くのに時間がかかったりすることもありますよね?というご指摘もごもっとも。簡単に言えば、私にとっては全て気楽に書ける簡単なことだからです。今もそうです。
ひたすら無責任なんです。そりゃね、情報の精査はするし、必要なら検証や裏どりもするし、面白いと思ってもらえるようにネタやオチを用意するし、読みやすいように構成を考えるし、文章の添削もします。でもそれは、他人に対して発信するという行為に付属する必要最低限の責任でしかないわけです。人として当たり前の行い。何かを頑張ることはないです。ただの義務。
もちろん、いち個人が趣味でやっていることですから、思想の偏り、サンプル数や検証不足、考察不足、論理の間違い、誤字脱字等々は往々にしておきます。そこに関しては、限界があるから程々に割り切ってます。義務としての務めは果たしているのだから、細かいことはまあええや、という感じ。
仮に私の日誌にイチャモンつけてくるやつがいたら、何で好意によって無償で提供しているものに対して文句を言われなきゃならねーんだよ。そもそも文句を言う資格がてめぇにねーだろ。より正しいと思うものがあるなら、文句を言う前にてめぇが自分自身でそれを書けば話は終わりだろうが。国に帰って幼稚園児からやり直せよ馬鹿野郎。としかならない程度には、きちんと線引きして程よく割り切っています。
でも、他人から頼まれて書くことは、そうじゃないんですよね。無責任でいられない。消費するエネルギーが根本的に違うんですよ、私の中では。つまり、書いて欲しいと頼まれてから時間が空いて、その間にも色々日誌は書いてますが、書くのに必要なエネルギーが貯まったのは、今なんです。やっと今しがた貯まったんです。だから、お待たせしました、ということです。
もっと噛み砕いて言えば、手を抜いて書いたとしても十分有益なものが書けるだろう自覚はあります。相手がそれで満足するだろうことも想定できます。また、こういう日誌を読んで、そんな思い詰めなくて良いですよって言ってくれる人しかいないこともわかってます。
ただ、それは私にとって納得いくものじゃない。私自身の沽券に関わる。見栄えだとか、他者評価だとか、そんなくだらないことはどうでもいいです。ただ、自分で自分が許せない。自分で納得できない。そんな生き方は受け入れられない。私が私で在るために、死んでも譲れないだけです。ということで、書くためには、他人の期待に応えられる自身の理想像を満たすためには、莫大なエネルギーが必要ってワケ。貯まったので、明日から頑張ります。