文章を書くにあたって、何か意識していることがある人は多いと思います。
私の場合は
・まず結論→それに至った理由を詳細に→再度結論の構成を多く取って、何を伝えたいのか明確にしている(主に解説や攻略系)
・何故そう思うのか、を深く掘り下げ綿密に言語化することで、それを読んだ他人との齟齬や理解に解釈の間違いを出来るだけ減らせるようにしている
・自分が考えることには必ず主語を私にして、これは私個人の見解であること、一般論ではないことを強く区別している
・情報や事実を記す場合は、とにかく客観性を最重要視して、混乱させないように余計なことを書かないようにしている
等々、結構意識していることが多いです。また、私自身が癖しかない人間であるため、私の日誌を好んで読むような人間は基本的に私個人に対しても好意的であることが多いと知りました。それ以降は、読者層を考えて自我を全面に押し出したり、適当に自己開示したりの読者サービスもチラホラしてる。今回の日誌は、自我全開であえてわかりづらいみんみんワールドへ誘ってるつもりです。
で、文章を書くときや、会話したり、口で説明したりする時に意識していることは多いけど、改めて羅列して見て素の自分自身とはだいぶかけ離れているなと。私と親密になれば嫌というほどわかりますが、私はものすごくアイロニー精神に溢れていて、嫌味皮肉反語自虐なんて類のことを日常的に言いまくっている。他には、抽象的な表現や婉曲的な表現も大好きでよく使うし、面倒くさがり&察しが良いの最悪コンボだからとにかく言葉を省略することも多い。わざわざ言わなくても見たらわかるでしょ、考えたらわかるでしょ、が若い頃の口癖でしたね。
歳を重ねて、私のような人間は存外に多くはないのだと知り、反省して今に至る。素の自分は昔から変わらず、端的に言えばわかりづらい、面倒くさいタイプの人間のまま。自他境界が曖昧だった時分は、無意識のうちに自分が分かることは他人にも分かるだろ、という体で物事を進めることが多かったです。今はそうではないことを痛感したので、とにかく齟齬なく他者へわかりやすく伝える、ことを何より最優先にしていますね。
アイロニーが好きなので、日誌でもそれとなくそういう表現を使うことは多いのですが、全く伝わらないことが多いです。何故私がアイロニーを好きなのかと言えば、恐らく人生経験に由来してますね。ありのまま事実を受け止めると耐えきれないほどの受難に見舞われることが多かったので、自然とそれらを皮肉り自虐的な笑いに変えることで精神的な距離を置き、自身を客観視することで感情の制御が出来ていたからだと思われます。まあ生存戦略の一環で身に付いた嗜好だと言えるでしょう。
何故こんなことを日誌に?と言えば、それは私の中では関係していることだからです。ドラクエ10で遊んでいて、この人は一体何を考えているのか?と疑問に思うことはよくあって、自分なりに答え合わせをするのが好き。冒険日誌もゲーム内のチャットもそれが顕著に出るコミュニケーションの一環だし。言葉はなくても、一緒にバトルする時の行動選択からでも、その人の心理状況や考えというものは伝わります。
私は、これがネトゲの醍醐味だよなあといつも思って遊んでいるわけですが、さて同志はどれだけいるのやら。リアルじゃ自分と生きてるステージが違う人と関わることはほとんどありませんが、ゲーム内では本当に多種多様な人間と関われますからね。そういう部分にも着目して遊ぶのが私は楽しいです。
最近では特に、私の性質とは相反する人間に興味がありますね。私は自他の境界がとびきり明瞭で、アイロニーをこよなく愛し、日誌でもチャットでも言葉数が多い人間です。自他の境界が曖昧な人の見てる世界は何だろうか?口数が少ない人間の感情表現はどうなっているのか?等々、自分とは正反対の人間ともより円滑なコミュニケーションを取ることを第一の目的にしつつ、好奇心も満たしている感じです。
とまあ、長ったらしく色々書いたけど。言いたいことは、ドラクエ10たのし~!これだけなんですよ。やばいよな?素みんみん。こんなに回りくどいことあるか?よくこれが素なのに、普段の日誌(特に解説系や攻略系)を書けているなと、我が事ながら驚嘆の一言です。かるみんは頑張ってるよ。おわり。