はいどうもー!夏休みの宿題は夏休みが終わったらやり始めていたかるみんです。やったけど忘れたと1週間言い張って、9月最初の土日で終わらせるのがみんみん風物詩。あれあれわかりますか?なぜ8月の絵葉書を9月7日に送りつけてるのか?それはね、8月と言えば夏休み。夏休みと言えば宿題。夏休みの宿題と言えば、私の中では9月の第一週だからです!!!!
8月の絵葉書を9月になってから作って送りつけて行く怠慢ムーブをかましてるのに、こういう背景をセットにするとあら不思議。怠慢ではなく、何故か趣きが溢れ情緒まで感じられてしまう。物は言いようの体現者かるみんです。夏が終わってもまだまだあちぃ!!
夏休みの宿題らしく、自由研究みたいな題材を多めにしてみましたよ!

出 顔 仙
て を 入
お 覗 や
い か
で せ
晩夏を告げる第一弾!!
俳句の解説としては、季語が仙入(せんにゅう)です。スズメ目センニュウ科のスズメと似た小鳥で、主に夏場の北海道で見られる渡り鳥です。繁殖のため涼しい夏の北海道にやってきて、秋から冬は暖かい東南アジア方面に渡って過ごします。
センニュウの特徴として、草むらで過ごす時間の長い鳥です。活動時間の大半を草の茂みで餌となる虫を探して過ごして、滅多に飛びません。そのため、飛んでいる姿どころか、目にする機会すら少ない珍しい鳥さんですね。
俳句の意味合いとしては、センニュウちゃんや。草むらに隠れてないで、可愛い姿を見せておくれ。無邪気で動物を愛する少女の無垢なお願いって感じです。

昼 鳴 邯
下 き 鄲
り 声 の
涼
し
晩夏を彩る第二段!
俳句の解説としては、季語が邯鄲(かんたん)です。邯鄲とは、中国の河北省にある3000年以上の歴史を持った古都です。故事成語でも、邯鄲の夢(かんたんのゆめ)や邯鄲学歩(かんたんがくほ)などで有名ですね。
今回題材にしたカンタンは、バッタ目コオロギ科もしくはカンタン科に属するコオロギの仲間ですね。名前の由来は、儚い鳴き声が故事成語である邯鄲の夢を連想させる様子から、カンタンと名付けられたらしいです。見た目はコオロギよりキリギリスに似ているんですが、そのせいで江戸時代までは邯鄲ギスと呼ばれており、キリギリスの仲間だと思われていた歴史もあります。
人の気配に敏感で捕獲するのは難しく、捕まえるなら目視しやすい昼の方が向いてます。そういう意味も兼ねて、昼下がりというワードを入れて見ました。
俳句の意味合いとしては、まだお昼を過ぎたばかりだと言うのに、だいぶ涼しくなってきたなあ。もう夏も終わりだなあ。カンタンの鳴き声が、まるで風鈴が響いてるかの如く心地良い。夏の終わりを感じて感慨深くなっている。そんな感じです。

別 手 消
れ を ゆ
鳥 振 る
り ま
続 で
け
夏の終わりを締めくくる第三弾!!
俳句の解説としては、季語が別れ鳥(わかれどり)です。鷹の雛が親鳥から離れて巣立つことですね。この時期になると巣立って行くので、8月の季語になっています。鷹に限らず、鳥が巣立つ時には大体使えます。
俳句の意味合いとしては、大きくなって巣立って行く雛鳥たちを、その姿が消えるまで手を振って見送った。それだけです。寂しさや嬉しさ、複雑な感情が渦巻く中で、それらの感情を慈しみ胸に抱きしめる一心で、ただ手を振り続けた。
転じて、ライフステージが変わるからアストルティアを旅立って行く人たちを、見送る気持ちも込めています。身近にも何人かいますね。来年から新社会人になったり、結婚して子育てをしたり、まあ色々です。
今回の俳句のイメージソングは、いきものがかりのYEELです。いい歌ですね。
サヨナラは悲しい言葉じゃない それぞれの夢へと 僕らを繋ぐ YELL
ともに過ごした日々を胸に抱いて 飛び立つよ 独りで 未来の空へ
いつも何度も言ってるんですが、私が隣に立っている必要なんてどこにもありません。確かにアストルティアでしか関係のない間柄ですが、どこで何をしていようが、共に過ごした日々は決して色褪せません。いつだって、健勝を心から祈っています。たとえアストルティアから旅立って会うことはなくなっても、大事に思う気持ちは変わらない。
もちろん、寂しくないと言ったら嘘になりますけれどね。でも、そんなつまらない言葉で後ろ髪を引かれる思いをさせるのは野暮ってものです。どんと胸を張って、相手の成長を、新しい挑戦を、応援して見送るのが良い大人の務め。お元気で!!