最近フレンドに言われたんですけど、よくそんなに自己主張出来ますねと。まあ生い立ちや気質が大きいとは思いますが、私が自己主張をよくする理由を述べておきます。
・近しい相手には対等な関係しか望んでいない
まず最初に来るのはこれですね。利用価値のない上辺だけの関係が好きじゃないので、私の人間関係の基本は狭く深くです。相手に対等な関係を望むなら、適切な自己開示は当然必要になってきます。自己主張はその一環です。私がどういう人間なのかが相手に伝わらなかったら、相手だって深入りはして来られないからですね。
・流されるのが嫌い
私の生き方の基本は、行雲流水です。人生なんてなるようにしかならない。今までの経験で、嫌というほど思い知りました。物事や人に対して、執着するってことがほとんどなくなりましたね。去る者は追わず、縁のないことはやらず気にせずで徹底してます。ただ、これは流されてるのは全然違う。考えうる限りのことをやるだけやった上で、結果には頓着しないってだけ。最善を尽くせたかどうかが私の中で気にするべきことで、後は流れに身を任せるって生き方です。その一環で、自己主張は必要なら適時してます。
・無難に生きるのがつまらない
おもしろくない。だから、やらない。シンプルですね。人の顔色を伺って、当たり障りのない言動に努める。八方美人に振る舞う。別に悪いことじゃないし、私もケースバイケースでやるにはやりますけど。ただ、そんな生き方ばかりじゃ私は楽しくない。自分の色を出してなんぼだと思うので、その考えが表面化した結果が、自己主張やユーモアにアイロニーとなって出てるって感じですかね。
今回の内容で言いたいことは、何でもトレードオフだってことです。私みたいに自己主張が激しい人間は、相応に嫌われますよ。だって、私の思想や主張と相反する考えの持ち主にとっては、目の上のたんこぶにも程がありますからね。そこまではいかずとも、単純に私のような存在が好きじゃない人はいるし。火のないところに煙は立ちませんから、揉め事が起きそうな人からは距離を置くのも立派な生存戦略です。
私は、私のことを嫌いと言ってくる人が好き。自身の考えは正しいはずなんて妄言を吐けるわけがなくなるので、己を律して行くのにこの上ない存在だからです。他人は自分とは違う。至極当たり前のことですが、これを常に意識した思考や言動が取れる人間は限りなく少ないです。そういう意味でも、アンチが多く生まれる在り方は、私に合っていると感じていますね。
大事なことは、自身の望みと自身の在り方が一致しているかどうかですね。人に嫌われたくないとか、揉め事を起こしたくないが最優先に来るのなら、上辺だけの関係に終始する、そもそも誰とも関わらないのが理に適ってます。他人と仲良くなりたいが最優先に来るのなら、ある程度の自己開示や積極性は必要になってきます。しかも、これはあくまで白黒の話で、普通は塩梅があるわけでもっと複雑だし。
トレードオフってことは、何かを求めるなら、そうじゃない何かが犠牲になるってことです。例えば、他人と仲良くなりたいのに、当たり障りのない発言だけしてたって、なかなか深い関係になるのは難しいです。そして、自分の色を出したら、今度は他人から否定される避けられる嫌われる経験も増えていきます。
自己主張をした方がいいのか?という問いには、イエスとも言えるしノーとも言える。自己主張をしないといけない場面で出来ないのは困りますが、自己主張をしてもしなくてもいい場面でするかどうかは、何を望んでいるのか次第です。
生きる上で必要なのは、捨てる覚悟だと私は思っています。自己主張を強くする生き方を選ぶなら、他人から嫌われることが増えるのは受け入れなければならないことです。自身と縁のない人は、自分の人生から切り捨てる。その覚悟が必要。私が自己主張を臆することなく出来るのは、その覚悟をしているからだと思います。