ちょっと一回休憩して、リアルとゲームに日誌について今後はどう向き合って行こうかなと。4月~6月の3ヶ月間休止してる間に考えてたんですけど、あの時期のおかげで、今めちゃくちゃゲームをするのが楽しいですね。
日誌活動を振り返ってみて大きな変化があって、休止以前と比較して、本当の意味での日誌的な内容がだいぶ増えてました。科学的に見て、日誌を書くことで得られるメリットは無数にあるので、間違いなくその影響がゲームを楽しめていることにも繋がっていますね。
私は他人の冒険日誌は一切読まないんですが、自分の日誌は定期的に何度も読み返しています。心境の変化だったり、思考や文体の癖だったり、そういったことを読み返すことで把握できるのがいいなと思ってます。
何故、私は普通の日誌を書くことが以前より増えたんだろう。日誌を振り返る中でそう疑問に思ったので、考えてみれば答えが出てきました。自分の人生を生きようと思えたからですね。過去の日誌に何度か記載したんですけど、慢性心不全で20代のうちに余命宣告されてる身なので、奇跡的に症状が緩和してまだ生きてるだけで、まあいつ死んでもおかしくないんですよ。それはもうとっくに消化し終わってるのでどうでもいいんですが、生き方に対してのヴィジョンが休止以前と以後で明確に変わりました。
前までは、自分はもう長くないから、出来る限り他人に自分自身の経験を還元したいとか、他者や社会への貢献をしたいとか、そういう思想が強かったです。気分はまさに終活そのもの。それ故に、日誌に書く内容もそういう感じのことが多かった。おもしろい日誌を書いて笑ってもらおうとか、攻略や解説日誌を書いて役に立ててもらおうとか、経験談を語っておこうとか、そんな感じ。
でも、今はもう一度自分の人生をやり直してみるかあと思えたので、結局すぐ死ぬかもしれないけど、気持ちはまだまだ生きる予定になりました。
まあそりゃそうだよなあ。残り短い寿命の中で他人のために何かをしたいという焦燥感に駆られていた時分と、自分の人生をただ満喫してるだけの現在じゃ、書く日誌内容に変化が起きるのも必然ですね。ここ最近の日誌を見返して、人生を謳歌してるなあ感が我ながらすごいもの。いい傾向だと思います。改めて、また生きようと思わせてくれたアストルティアでの出逢いに感謝。
で、自分自身の心境の変化および、それに伴って日誌活動の内容にも変化があった。これを踏まえて、今後の方針を決めたってのが今回の日誌における趣旨ですね。
・書く日誌の量が増えた&他人の役に立ちもそうもないただの日記が多いことは気にしない
だって、これ冒険日誌じゃん。楽しかった、勝てた、嬉しかった。そんな気持ちを素直に書くのがそもそも本来の在り方なんで、何を恥じる必要があるのか。何を気にする必要があるのか。何もないですね。なんなら、ゲーム関係なく私個人のファンで、私が楽しそうに生きてるだけで元気をもらえるなんて稀有な読者層もいるかもしれないしな!ヨシ!問題なし!
で、これまで通り攻略とか解説とかの日誌活動も続けて行くわけなんですけど、日誌数が多すぎると探すのが大変って意見はすごくわかる。だから、定期的にもう振り返る必要のない日誌は消してるんだけどさ。それ、私の問題じゃないんで!テーマやワード検索してもらえれば、該当する類の日誌しか出てこないように、きちんと毎回タイトルやテーマは考えてつけてるんです。
全部から探すのは大変→わかるけど、あたしの問題じゃあない。頑張ってワード検索なりでなんとかしてくれ。探すのは大変だけど欲しい情報があるのと、そもそも情報すらない。どっちが良いか?で考えて、そんなの前者に決まってるわな。そこまで個人が無償でやってるだけで、感謝こそされど文句を言われる筋合いはねえ!
全部を読むのは大変→逆に考えろ。そもそも一個も読む必要はないんだから、読みきれないくらいたくさんある方が読みたい場合はお得やろ!そんなレアな人がいるのかは知らないっすけどね。
なんかすごいモヤモヤしてたんだよ。毎日ゲームしてて楽しいから、その日誌を書きたい。でも、なんの役にも立たねえなこの内容。検索の邪魔になるだけか?書かないほうがいいのか?いやいやそれ私が気にすることなのか?等々の堂々巡り。スッキリしたわ~。文章を書くって素晴らしいですね。
ということで、今後はそういう日誌活動の方針で行くぜ!クソどうでもいいただの日記が増えますので、嫌な人は気軽にフレンドを外してもらって大丈夫です!