7 灰色の港町③
(――灰色の港町!)
マユラの口から予期せぬ名を聞いたセバスが息を飲み、おもむろに過去の記憶を呼び起こす――戦団時代に何度か立ち寄ったその港町には魔導戦艦バルデアスが停泊し、戦団が補給のために利用していた拠点の一つであったことを。
「ジュレットから渡し守を使ってギリギリ行ける距離なのだけれども、もう本当に灰色の港町って感じの少し不気味なところなのよね。あ、そうそう、港から離れたところにあるお店には私の……」
「お尻をたたいたら、ぷぅが出るんやないの」
延々と喋り続けるマユラと首を傾げるるーみーをよそに、嫌な予感が頭から離れないセバス。
(偶然か?……いや、考えている暇はない。もし戦団がエリミリアさんの存在に気づいたとしたら、その知識と技術力を狙う可能性が極めて高い!)
過去との決別のため、ルーラストーンから登録を抹消してしまったことが今更ながら悔やまれる中、セバスの次なる目的地が定められたのであった。
ウェナ諸島――夕刻、灰色の港町。
曇天に覆われているゴシックな町並みが喧騒に包まれているのは、船舶の出入りがある港町特有の賑わいでは決してなかった。人々が逃げ惑い、馬車が駆け抜ける中、魔女エリミリアはモノトーンの家屋に挟まれた路地で足を止めて杖を構え、油断なく魔力による領域を周囲に張り巡らせていた。
(本っ当に町中って面倒……)
ため息をつきつつも、市街戦における各系統の呪文が及ぼす効果範囲について、彼女はそれなりに真面目に考えていた。
火炎系呪文や閃熱系呪文は家屋を延焼に巻き込み、爆裂系呪文や中級以上の氷結系呪文は被害が広範囲に及んでしまう。ならば得意の暗黒系呪文――ドルモーアであれば闇属性の力を対象に直接集束させることによって、炸裂した際の二次被害は他属性よりも比較的抑えられる可能性があるという独自理論である。とはいえ、魔女が操る暗黒魔力の恐るべき破壊力は確実に町を蝕み、人々を怯えさせるには十分過ぎるほどの脅威なのだが。
やがて屋根の上に魔力の乱れを察知したエリミリアが、視線を送らず杖の先だけをそこへ向ける。
「ドルモーア!」
既に彼女は魔力覚醒状態であり、十分に魔力が練り上げられたドルモーアをまともに食らおうものなら、以前のセバスの魔装であれば例え防御状態であっても容赦なく爆発四散させるほどの威力である。直撃した相手が崩壊する屋根から転落する気配を感じ、魔女は傲慢とも言える所作で初めてそちらを振り返った。
「ちょっと君さぁ、闇耐性めっちゃ高くない? ねぇ、ドルマブレイク要る?」
転落していたはずの相手が中空で体勢を立て直し、石畳の地面に金属音を響かせて着地する姿を見たエリミリアが心底うんざりしたような顔を見せる。
それは全身をブラックメタルのバトルスーツで固めた性別すら定かではない黒騎士であり、そのボディに刻まれた幾何学的なラインには血管を移動する血液のような緑色の光が通っていた。節々からは先程のダメージを排熱するかのようにスチームが噴き出し、若干の破損箇所からは模様と同色のスパークがバチバチと発生するも――やがてそれらは治まり、フルフェイスの顔面に点灯した緑色の目がギラギラと鋭い光を宿していた。
(この感じ、もしかしてレクスルクスの……)
敵のデータを読み取ろうとするエリミリアに、いつの間にかエメラルドカラーのフォトンサーベルを具現化していた黒騎士がその剣先を向け、電子音で加工されたかのような音声を発する。
「対象、魔女エリミリア――制圧する」
「調子に乗りやがって、このガキ……!」
ドルマドンをチャージタイムなしで詠唱できるエリミリアであれば、仮に相手が高い闇耐性を誇ろうともゴリ押すことは十分に可能であった。加えてドルマータや、切り札の一つでもある連続ドルマドンさえ満足に使えればと思わずにはいられず、いよいよとなれば〈最後の切り札〉さえ切ってしまえば、このような相手に後れを取る道理は万に一つもない。
問題は――相手もエリミリアの事情は織り込み済みであるが故に、こうして市街戦へ持ち込んできたと考えられる点である。魔女が「もうこんな町など知るものか!」と、自棄になって範囲を気にせず極大魔法を連発してくることはないと看破されており――事実、町の人々の安否はともかく、折角の隠れ家や研究材料を台無しにしたくない彼女は見事に行動を封殺されてしまっていた。
〜7 灰色の港町④へ続く〜