12 紺碧の深海竜、再び①
――時は、半日ほど前に遡る。
とあるドックに引き上げられている魔導戦艦バルデアスの甲板には、コートを脱ぎ捨てたメッシュタンクトップのゼーエンと、戦鬼の仮面に黒羽の衣装を装備したアーシュラの姿があった。うなだれるゼーエンは汗だくで息を荒げており、それを腕組みで見守るアーシュラは槍を持っておらず、互いに素手格闘でのスパーリングであることが見て取れる。
「ぐっ……何が、俺に何が足りない……!?」
拳を震わせて自問するゼーエンを無表情で眺めながら、ふぅ……と嘆息するアーシュラ。
「資質を鍛えることは可能だが、無いものを育てることはできない。それが全力だと言うのなら、貴公はゼロでしかないということだ」
にべもなく言い放つアーシュラに、ゼーエンが顔を上げて鋭い目に紺碧の輝きを宿す。それは深海の冷たさが沸騰するかのような執念であり、彼がまだ諦めていないことを力強く証明していた。
「折角、あんたにこうして稽古をつけてもらってるんだ……俺はまだ、こんなもんじゃない……!」
ゼーエンがアーシュラへ願い出たのは、闘気を発現させるための修練であった。戦艦に常駐していない彼女の時間は限られてはいるものの、戦闘がないのであれば、鍛錬も仕事の一つだと言えなくもない。アーシュラもそう思ってか、目の前で執念を燃やす若者の成長にはそれなりに期待している節が見られる。
「貴公は爪での攻撃をメインとしているのだろう。なら、この型だ。その執念でもう一度向かってくるがいい」
アーシュラが右拳を虎爪の型にしてみせると、その拳全体に深紅の稲妻が激しく顕現する。裂くように振り抜かれたそれは、虚空にスパークを伴う斬撃の軌跡を描き出していた。
(これだ……俺は、絶対にこれをモノにする!)
よろめく足を奮い立たせて立ち上がり、ゼーエンが呼吸を整えながら虎爪の構えを取る。目を閉じて腰を深く落とし、丹田から体中に気を巡らせるイメージを思い描く――刹那、カッと目を見開き、
「うおおぉぉぉぉッ!!」
空間を抉り取るようなゼーエンの右腕が、眼前のアーシュラへと振りかぶられ――
「先のこいつとの戦い、拝見させてもらったぜ。前回戦った時とはまるで違う身のこなし、何処かで鍛えてきたのかい?」
「ええ、素晴らしい師に巡り会えましてね」
引き連れているゴーリキを指しつつ、ゼーエンがセバスの以前よりも洗練された動きに目をつける。もはや兄であるレゼールなど眼中にないかのように、彼のギラギラとした闘志はかつて苦汁を舐めさせられたセバスにのみ向けられていた。
「ゼーエン! お前という奴は――」
「もう兄貴は黙ってろよ、俺は今セバス先輩と話してるんだ」
侮蔑の表情を兄に似たその顔に浮かべ、レゼールを押しのけて席につくゼーエン。付き従うゴーリキの目線が、向かい合うセバスとゼーエンを行ったり来たりと所在なさげに泳いでいる。
「いや、黙らないぞゼーエン! よりにもよってお前があの機甲戦団などに属するとは、亡き父上に申し訳が立たん! さあ、私と共に帰るんだ!」
レゼールがゼーエンの肩を掴んで席を立たせようとするも、ゼーエンが煩わしげにそれを引き剥がそうとし――兄の手を掴み返したその指先には、淡い紺碧の闘気が宿っていた。
「……邪魔だ、離せよ」
ゼーエンが指先を一閃させ、切り裂かれたレゼールの手の甲から鮮血が滴り落ちる。呻き声と共に手を押さえるレゼールだが、それでも弟へ訴えかけ続ける。
「戦団などが世の秩序を保てるはずがない! 魔物商人の件もそうだ……我々が正規の手段で戦い続ければ、それが人々の平和を守ることになるのが何故分からない!?」
「あんたら魔法戦士団が当てにならないから俺たちが居るんだろ? 大体、ガキの頃から俺との手合わせで一度も勝てなかった兄貴が言っても、説得力の欠片もないんだよ」
兄に一瞥もくれず、ざわめき始めた周囲を全く意に介する様子もないゼーエン。セバスは傷を負ったレゼールを案じつつ、ゼーエンが見せた闘気の一閃を見逃してはいなかった。
「少し見ない内に、腕を上げられたようですね」
「おかげさまでな、俺もいい師匠についたのさ」
〜12 紺碧の深海竜、再び②へ続く〜