12 紺碧の深海竜、再び③
人波をかき分けつつ、何とか着席する二人。
「やっぱりお嬢は登場が派手よねぇ、ヒュー!」
何だかとてもノリノリなエリミリアに、セバスが歓声にかき消されないように耳元で問いかける。
「彼女をご存じなのですか? 何と言いますか、随分と場を盛り上げているようですが」
「あの娘はレミエル、弱冠十七歳で並み居る強豪相手に勝ち抜きまくってる天才少女よん」
「な、十七歳……!?」
レミエルと呼ばれたあの少女がゼーエンの対戦相手であること自体が驚きであり、加えて挑戦を受ける側の強豪であることがにわかには信じられないセバス。
「レミィの試合前ライヴ、やっぱ今日もアガるぜー!」
「オーグリードプリンセスの〈ExtE!〉といい、ああいうキュイーンっていう楽器で弾けるのが熱いんだよな!」
「イエーイ! 今日も応援してるぜ、レミィ!」
熱狂的な観客の喧騒に飲み込まれそうになりながら、セバスがリング上の少女を注視する。ミストグレーのサラツヤロングヘアーを黒いリボンで束ね、蝶ネクタイを結んだノースリーブの青いブラウスは大胆にもヒレがゆらめく背中が丸出しである。青いチェックのお洒落なパンツでステージ衣装感を出しているレミエルの演奏がアウトロを弾き終え、リング上の少女はスタンディングオベーションの中でマイクパフォーマンスに入っていた。
「おーす、みんなー! 今日もレミィを見に来てくれてありがとですよぉ〜♪」
拍手喝采を浴びるレミエルの顔は少し強気な印象の美少女であり、そこには確かに闘士の力強さも秘められているように見える。マイクパフォーマンスの合間にエリミリアが続けて、
「あの〈ヴェリナードの剣魔神帝〉と名高きディルゲニア侯爵のご息女で、その才能は折り紙つきなのよねぇ〜。ただ以前はスッゴいわがままお嬢でさぁ、侯爵も手を焼いてどっか武術のお寺に預けられたって話だけど……なんて名前だったっけね?」
「恐らく〈蒼鱗寺〉ではありませんか? しかし、彼女がまさか侯爵のお嬢様だとは……血は争えないということでしょうか」
レミエルがストラップを外したギターをくるくるっと回し、それを自身の得物である棍へと早変わりさせるパフォーマンスを披露。海の色のように鮮やかなそれは、棍頭に当たる金属の球体面だけが毒々しい深紫に淀んでおり、彼女がただのお嬢様ではないことが容易に想像できる代物である。
「そーそー、そーりんじ。そこでもメキメキ頭角を現してね〜、調子に乗って各地でストリートファイターみたいな真似をしてたら、マユちゃんに思っきしボコられてね。とはいえ、ブチ切れたお嬢もマユちゃんの左腕ぶっ壊してるから、それくらいには使える武闘家よん」
それを聞いて、思わずリング上のレミエルを二度見するセバス。敗北したとはいえ、あのマユラに有効打を与えた実力は計り知れない。
「……ってゆーわけで、チョー怖い紅蓮の羅刹王が居ない今の内に! このあたし、レミエルが伝説を作っちゃいますよー!」
マユラとの戦いは避けることを公言しつつ、それでも己の強さを誇示して見事に観客のウケを取ったレミエルが、外したヘッドセットマイクを無造作に放り投げる。彼女の向かいには黒いコートのポケットに手を突っ込んだゼーエンが既に立っており、その目には紺碧のギラギラした光を宿していた。
「お得意のショータイムは終わりかい、やんちゃなお嬢さん」
軽口を叩いてみせるゼーエンだが、その顔にはいつもの不敵な笑みは見られない。一方のレミエルは先のアイドルフェイスとは打って変わってニヤニヤと歪んだ笑みを見せながら紫色のガムを口に放り込み、それをクチャクチャと噛みながらゼーエンへ顔を近づける。
「よークソイケメン、あんたみたいなオトコだとさぁ、あたしもヤる気が出ないんだよねー」
そう言いながら口の中のガムを取り出し、ゼーエンのコートにベチャッとなすりつける。明らかな侮辱であり挑発行為も甚だしいが、ゼーエンは何の反応も示さず、無言でレミエルを見据えるだけであった。
「ふーん、あのプライド高そうな彼がねぇ〜。あ、もしファンだったらご褒美ってやつ?」
意外だと言わんばかりのエリミリア同様、セバスもまた彼の気性を実際に感じているだけに、その真意を測りかねていた。やがてレミエルが試合前にもかかわらず、愛用のリゾートグラスを装着してみせてこう言い放った。
「んじゃクソイケメン、まずはあたしからこのグラサン外してみるところから始めよっか? 叩き割れるんならそれでもオッケーオッケー」
〜12 紺碧の深海竜、再び④へ続く〜