12 紺碧の深海竜、再び④
完全に舐めきった態度のレミエルだが、ゼーエンはただじっと眼前の相手に集中している。彼はレミエルに怒りを感じてもいなければ、こんな小娘など敵ではないとの慢心も抱いていなかった。
(冷静になれ、ゼーエン。目の前にいるこの女は、明らかに手練れの武闘家だ。無駄な行動は一つとして取ってこない……!)
レミエルもそこに気づいたのか、ニヤけた表情が潮が引くかのようにスッと真顔に戻る。そして、
「チッ、クソつまんねークソイケメンだぜ……おい立会人、さっさと始めろ!」
レミエルが棍の石突を勢いよく石畳に叩きつけると同時に、ゼーエンがコートを脱ぎ捨ててメッシュタンクトップの戦闘態勢に入る。場の空気が一気に張り詰める中、立会人がマイクを力強く握り締め――
「それでは、レミエル対ゼーエン戦……始め!」
静寂が破られた瞬間、先に踏み込んだのはゼーエンであった。こちらもセバスと同様に魔装展開は使わず、素手の指先に紺碧の闘気を宿して一見隙だらけのレミエルに狙いを定める。
「シャアアァァッ!」
ゼーエンが闘気で具現化した鋭い爪の横薙ぎを、レミエルは棍頭の球体面を地面に突いてくるりと回避。その勢いに乗ったポールダンスのような蹴りが、隙を晒した顔面にカウンターヒット!
「ぐっ……!」
「生意気〜、少しは使うじゃん! でもざーんねん、ハズレ!」
タッと地面に足をつき、怯んだゼーエンを覗き込むようにレミエルが間合いを詰める。何を思ったか目の前で自身のリゾートグラスを外し、
「イケメンが台無しにならないように、これ貸してあげよっか?」
あろうことか、それをゼーエンの顔に装着させるレミエル。予測不能の行動に理解が追いつく一歩手前、深紫の棍頭が地面から跳ね上げられ、ノーガードの顎に直撃する。その勢いで外れ、落ちてきたグラスをそのまま片手でキャッチし、再度自分でかけてみせるのであった。
「でもこれ高かったから、やっぱ返してもらうわ」
一連の攻防が完全にレミエルのペースに飲み込まれており、相手を小馬鹿にしているように見えて、隙間を縫うように棍を自在に操る技術は天性の才能を感じずにはいられない。
「うわぁ……流石お嬢、これはエグいわぁ」
「初撃が何であろうと、彼女は流れに逆らわず同じようにかわしたでしょう。そこから生まれた虚を自らの手で広げ、的確に急所を狙い打つ……恐らく、一呼吸でやってのけたかと」
エリミリアの隣で冷静に分析したセバスだが、いざ自分が相手をするとなれば、果たしてどう攻めるか……今のところ、その答えはまだ見つけられていない。
まずは次の展開を見届けるべく、セバスもまた試合への集中力を高めた矢先、斜め後ろから悲痛な声が響き渡る。
「ああ、やはりあのレミエル嬢が相手では……!」
振り返ると、声の主は遅れて到着したレゼール……ではなく、先程までゼーエンに従属していたゴーリキであった。不思議に思ったセバスが、
「ゴーリキさん、ゼーエンについているものとばかり思っていましたが。それと……レゼールさんの姿がまだ見えないのですが、何かご存じではありませんか」
救護室で治療を受けてから合流すると思われていたレゼールだが、あまりの人混みでこちらまで来られなかったのか、未だにその姿が見られない。
「これはセバスの旦那、気づかねえで失礼しやした。ゼーエンの旦那からは気が散るからと追い払われたもんで、仕方なくこうして観戦してるんでさぁ。魔法戦士の旦那は……そう言やあ、俺も見てねえですね」
「そうでしたか、ありがとうございます。ところでゴーリキさんも闘士だけあって、レミエルさんのことはよくご存じのようですね」
今度はぶんぶんと大きく頷くゴーリキが、堰を切ったように喋り始める。闘士の端くれとして、やはり有名な闘士についてはしっかり押さえているようだ。
「へい! ここには馬鹿みてえに強え闘士が何人もいるんですが、当時ナンバー1、2を張っていた剣魔神帝や紅蓮の羅刹王が不在の今、実質的に盛り上げてるのは、レミエル嬢や他数名ってところでさぁ。特にレミエル嬢は剣魔神帝の娘さんってこともあって、才能の塊ってやつでしてね……それでもゼーエンの旦那なら、きっと何とかしてくれますぜ!」
〜12 紺碧の深海竜、再び⑤へ続く〜