12 紺碧の深海竜、再び⑤
恐らくは自身も以前レミエルに手酷くやられたであろうゴーリキが、仕えたばかりの主を全力で応援する。セバスもリングへと視線を戻すが、依然としてゼーエンは劣勢を強いられていた。
(縦軸と横軸、上段と下段の攻め分けが幻惑的なレミエルさんの棍操作に、初見で対応できる相手はそう居ないでしょう。顎を打たれて持ち直したのは見事ですが、魔装なしの修行相手としては難易度が高いと言わざるを得ませんね、ゼーエン)
セバスの見立て通り――攻めあぐねている中、インファイトに持ち込めたとしても即座に棍を短く持って対応されたり、天地の構えでカウンターを取られたりと決定打を与えられないゼーエン。だが、彼は相当のダメージを受けつつも目は諦めておらず、いい加減苛立ってきたレミエルがリーチ差を利用し、顔面に棍で捻り込むような突きを放ってくる。
「死ねよ、クソイケメン!」
(この女のカウンターみたく流水の域には程遠いが、俺が一矢報いるにはこれしかない……!)
頬を削られつつもヘッドスリップでギリギリ直撃は避け、同時に踏み込んで引き裂くように腕を掬い上げる。ほぼ相打ち覚悟の反撃にレミエルが瞬時の判断で顔を逸らすも――掠ったそれは、リゾートグラスをパキッと両断するに至った。
レミエルはほぼ無傷であり、むしろ見た目はゼーエンの方が圧倒的に痛々しいのだが、グラスを破壊されたレミエルが思わず眉間に触れてみると、そこにはうっすらと血がにじんでいた。こちらは頬を削られたゼーエンがその傷を親指でなぞり、付着した血を舐めた後にペッと横に吐き捨てながら、
「ふん……まずは一つクリアだな、お嬢さんよ」
自身も息を整えながら言ってのけるゼーエンを前に、無言で俯くレミエル。その肩がわなわなと震え出し――おもむろにガバッと上げられた顔からはアイドル然とした面影が完全に消え去っており、目に昏い紫の光を宿した殺意の塊が絶叫する。
「殺してやる! 殺してやる! 殺してやるッ!!」
爆発した激情がゼーエンを押し潰すかのように襲いかかり、ガードする間もなく左脇腹にフルスイングの棍がめり込む。グシャリと音を立てて吹っ飛ぶゼーエンが辛うじて受け身を取るも、クリーンヒットで骨を砕かれた痛みに脂汗を禁じ得ない。
(アバラが何本かイッたが、すぐに次が来る!)
そう思い何とか態勢を立て直すゼーエンだが、予想に反して次の攻撃が飛んで来る気配がない。
「ムカつく! ムカつく! ムカつく!」
その場で地団駄を踏んでいるレミエルだが、見る間にテンションが上がっていくのが感じられる。次を食らうと命の保証はない――すぐさま止めるべく攻めに転じるゼーエンだが、またも恐ろしい速度のフルスイングで迎撃されてしまう。今度は左腕をしっかり固めてガードするも、ミシリとヒビの入る音が生々しく響き渡る。
まるで自分が殴られたかのように痛々しい表情で試合を見やるエリミリアが、思わずギュッとセバスの腕を握りながらも、
「お嬢は怒りをトリガーに戦闘力が爆上がりするタイプなのよね〜。しっかし、それにしても……」
試合前とは豹変したレミエルの様相に周囲もドン引き……かと思いきや、観客席はますます異様な熱気に包まれていた。
「久々に出たー! レミィのバーサクモード!」
「こいつが拝めるたぁ、今回はラッキーだぜ!」
「粘っちゃいるが、それもここまでってかぁ!?」
元々がこういった場所に出入りする裏社会に通じた面々だけあってか、この後に繰り広げられる残酷な粉砕劇への期待に大きく沸き上がる場内。ハラハラしつつも目は離さないエリミリアに結構な力で腕を握られたまま、冷静に展開を分析し続けているセバス。斜め後ろでおろおろしっぱなしのゴーリキには可哀想だが、現状はゼーエンにとって極めて不利でしかない。
(今のレミエルさんの攻撃は初速がほぼ見えないレベル、かつ重さも十分。怒りの隙を突くにしても、一発を耐えることができなければ……)
この絶望的な局面を打破するためには――そう、魔装展開しかない。セバスの金縁眼鏡越しの視線に込められた意味が伝わったのか、片膝をついたゼーエンが内心で独りごちる。
(魔装展開……使えば幾らか勝機が見えるのは承知の上さ。だがな、今回は俺だけの力で勝たなきゃ意味がねえんだよ……!)
左腕をだらりと下げたままで息を大きく吐いたゼーエンが、怒りに任せて棍の石突をガンガンと石畳に叩きつけているレミエルに一つの提案を持ちかける。
「お嬢様……折角だ、お前の一番強烈な技を見せてみろよ」
〜12 紺碧の深海竜、再び⑥へ続く〜