13 忍び寄る脅威①
グレン地下闘技場、貴賓席――
無法者が多く集う空間にそぐわない響きではあるが、リング北側の高い位置にグレン城の玉座の間を思わせる造りで、それは確かに存在していた。そこへ至るまでの専用階段は、闘士でもある二名の屈強な男女のオーガ――男は大剣、女はハンマー二刀流を装備した番人によって守られているが、少なくとも今回の来賓はそのような番人を必要とするレベルではないことは明らかであった。
その貴賓室からレミエル対ゼーエンの試合を見下ろしていた高貴な壮年のウェディ男性が華美な装飾のワイングラスを傾けた後、共に観戦していた若いオーガの女性へ向き直ることなく静かに語る。
「あれだけの醜態を晒し、最後は奥義を返されて無様に敗北か……我が娘ながら、実に情けない限りだ」
先程まで戦っていたレミエルの闘気を思わせる深紫の優雅なロングコートを身にまとい、両の腰には毒の沼地を凝縮したかのような妖剣を一振りずつ下げている二刀の大貴族――ディルゲニア侯爵。
ミストグレーの長髪をバックで上品に整えている彼がリングを見下ろすその冷徹な目からは、自らの娘に対する何の感情も読み取れない。一方のプラチナブロンドをストレートに伸ばした黒いワンショルダーのオーガ女性が、激闘を繰り広げたレミエルに一定のフォローを入れる。
「それでも終始ペースを握っていたのは、流石レミエルといったところですわね。今回は相手の起死回生の一手が秀逸だったのでしょう」
「ふむ……貴公は娘を評価してくれるのかね、マユラ君」
侯爵の一瞥を受け、こちらはワイングラスをテーブルに置いたマユラが頷いてみせる。もはや興味を失ったリングから目を離し、その場から立ち去ろうとするディルゲニア。
「レミエルやジンオウのように、才に溺れている内は大成など望むべくもない。ゼーエン君といったかね、あの若い彼にはなかなか期待できそうだ」
そう言い残して去っていく侯爵を見送った後、マユラが大逆転の余韻で沸くリングを再び見やる。かつて自身も猛威を振るった闘技場で、若い世代がしのぎを削り合う姿は新鮮に映るものであった。
「フフッ……流石、よく頑張ったものだわね」
リングを後にしたセバスとエリミリアが、人通りのない通路の片隅のベンチで一息つく。ハンタースーツの上着をレミエルに貸したセバスは、下に着込んでいた白いカッターシャツ姿で思案していた。
あの後、ゼーエンはゴーリキに付き添われてリングを後にし、気絶したレミエルはそのまま救護室へ運び込まれている。
「明らかにお嬢の方が総ダメージ少なそうだけど、勝負ってやっぱり分からないものよねぇ」
エリミリアがそんなことを呟いていると、
「そうなんスよね〜……そしてミリ姐、今夜もその愁いを帯びた横顔がチョー素敵ですよぉ」
セバスのハンタースーツを羽織ったレミエルが棍を肩にかけ、二人の前にしれっと姿を現す。既にゼーエンから受けた一撃からは持ち直しているものの、胸元からは巻かれた包帯を覗かせていた。
「ハァイお嬢、おかげで今回は大損したわよ〜」
開口一番、賭けに負けた恨み節を笑顔で述べるエリミリアに、レミエルが「サーセンした」とペコリと頭を下げる。次にセバスへと向き直り、
「セバスさん、ですね。貴方のことはスタッフから伺いました。この度は助けていただきまして、ありがとうございます」
今度は深々と頭を下げるレミエルに、セバスが立ち上がって恭しく礼を返す。
「ご丁寧に痛み入ります。先の試合、エキサイティングかつ洞察に富む内容で、大いに学ばせていただきました」
「いやー、今回はちょっと調子に乗り過ぎましたねぇ〜。あ、今これ脱いじゃうと盛大に露出しちゃうんで、今夜は借りててもいいですか?」
セバスが「勿論――」と言いかけたところに、
「それ、私がセバスちゃんに買ってあげたやつだから早く返してよね〜」
「ミリ姐が男に服を!? あたしにも何かプレゼントしてくださいよ!」
「貴方お金持ちんとこの娘でしょ! 自分で買えばいいじゃない!」
思えば随分とレミエルに詳しかったエリミリアだが、その先輩後輩のようなやり取りに、セバスも思わず少し笑ってしまう。
「レミエルさんのことはエリミリアさんから伺っていますが、随分と仲がよろしいのですね」
「ミリ姐は元々クソ親父の知り合いだったんですけど、あたしが小さい頃から遊んでくれたりギターを教えてくれたりと、色々お世話になってるんですよぉ」
〜13 忍び寄る脅威②へ続く〜