13 忍び寄る脅威④
「ふん……端っから兄貴には期待しちゃいないさ。連中を片付けるのは、俺達の仕事だから……な」
何とか一人で歩けるところまで持ち直したゼーエンが、兄を避けるようにその場から立ち去ろうとする。本来であればそれを引き留めるはずのレゼールも、今回ばかりは黙って見送るしかなかった。立ち去るゼーエンの後に続こうとするゴーリキであったが、
「今日はここまででいい……ご苦労だったな」
恐らくは魔導戦艦バルデアスへ帰還するのであろうゼーエンが、そう言い残して控え室を後にする。解放されたはずのゴーリキが妙に寂しそうな中、レゼールが椅子から力なく立ち上がる。
「……セバス殿、少し外で話せますかな」
「構いませんが、彼を追わなくてもよいのですか」
セバスが心情を慮るも、レゼールは寂しげに首を横に振りながら、
「あそこまで持ち直したのなら、何とか大丈夫でしょう。それに……アズール・ドゥジエムの能力なら、私も把握していますのでね」
それが魔装展開だと理解したセバスがエリミリア達に会釈した後、レゼールと連れ立って控え室の外へ出る。未だに頭巾の男を逃がしたことを悔いているのか、伏せられた魔法戦士の表情は黒いハットに隠れて窺い知ることができない。
「まずはこれまで皆さんと合流できず、大変失礼しました。人波の影響もあったのですが、どうしても試合後の不安が拭えず、すぐに身動きが取れる場所で待機していたのです」
「お気になさらず。しかしご不安と仰るのは、先程のお話にもあった……」
「そう、魔物商人です。聞けばゼーエンは昨夜もここで戦っていたとのことであり、敵対する連中がそこに目をつける可能性は十分にあると……」
今回はそれが的中したにもかかわらず、襲撃犯を取り逃がしてしまった無念さは如何ばかりであろうか――無意識に視線を落とすセバスの前にレゼールが差し出したのは、一振りの短剣であった。
「何か紋章が刻まれているようですが、これは一体?」
短剣の柄に刻まれた、十字の中央に目のようなものが描かれている謎の紋章がセバスの目に留まる。こちらをじっと見つめてくるような紋章からは、思わず目が離せなくなる何かを感じずにはいられない。
「先の魔物商人を追い詰めて切り結んだ際、奴が落としたものです。この十字眼の紋章こそが連中の証であり、機甲戦団も知るところでしょう。……これは重要な手がかりとして、魔法戦士団で管理することにします」
再び短剣を懐にしまい、レゼールがセバスへと向き直る。その凛とした鋭い目には再び光が宿っており、セバスには彼の思いの強さが蘇ったように見えた。
「――セバス殿、全ては明日のルクスガルンです。夜のこの時刻、現地で合流しましょう。ゲルト海峡から渡し舟で現地へ向かい、取り引きの現場を押さえ、かつ戦団をも迎え撃つ……無理は承知の上ですが、どうか力を貸していただきたい」
頭を下げるレゼールに、セバスがスッと手を差し出す。自分の過去と決着をつけるための戦いの中、心強い味方が現れてくれたことは僥倖と言う他はない。
「頭を上げてください、レゼールさん。ご存じの通り、私も戦団とは因縁浅からぬ身です。お互いの運命を切り拓くためにも、明日は是非とも力を合わせて、一緒に戦いましょう」
セバスの差し出した手を、レゼールが力強く握り返す。ウェナブルーとヴェリナードの魔法戦士、平和を守るために戦う同士が、固い絆で結ばれた瞬間であった。
深夜――グレン領東、ゲルト海峡洞窟内。
グレン城下町を逃げ出してから既に数時間が経ち、岩陰で息を潜めていた頭巾の男が、突然現れた背後の気配に「ヒッ!」と振り向く。そこに立っていたのは深紫のフードマントをまとうウェディの男性であり、その顔は黒いカラスのような仮面に遮られていた。
「ヒッ、ボ、ボス……」
追っ手が現れるよりも恐れおののく頭巾の男。彼の目の前に立っていたのは、魔物商人の頭目――ウングラ、その人であった。頭目が口を開くよりも早く、
「す、すいません、ヒッ、よ、予定になかった奴が現れたもので、その」
焦りと恐怖のあまり、呼吸すらまともにできない頭巾の男の前で、ウングラが右手を掲げる。そこには五本指の悪魔を思わせる鉤爪が、月の光を受けて輝いていた。
「ヒッ……おおお許しください、ボ、ボスの手を煩わせてしまい、あ、あぎゃああぁっ!」
スッと撫でるように右手が下ろされ、頭巾の男の顔が縦に深く切り裂かれる。断末魔と共に崩れ落ちる手下を顧みることなく、右腕をヒュッと振って爪を濡らす血の雫を切るウングラが、カラスの仮面の向こうでぼそりと呟く。
「……まあ、期待はしていなかったがね」
深紫のマントが夜の闇に溶け込み、後には物言わぬ屍だけがあふれ出る血の海に沈んでいた。
〜14 決戦の日、不穏なる影①へ続く〜