14 決戦の日、不穏なる影①
――翌日、プクリポリタウン。
執事であるセバスが不在の中、主人であるプクリポのクロムが、一人寂しく屋敷を掃除していた。普段は他にも何名かのプクリポの使用人は居るのだが、この前のようにキラーマシンが襲って来た時のことを考え、大事を取ってそれぞれの実家へと避難させていたのであった。
「やっぱり一人はつまらないな〜、僕は皆で楽しく賑やかに過ごすのが大好きなんだよな〜」
そう言いながら庭に出た時、ポストに一通の手紙が投函されていることに気づく。封を切って開いた便箋には、女性らしい綺麗な字でこう書かれていた。
『もうプクリポの皆さんの町が、この前みたいに襲われるということは決してありません。そういう約束をしましたので、どうか安心してください。これからも皆さんが楽しく過ごせる、素敵な憩いの場でありますように。』
差出人の名前は記されていなかったが、クロムはこの手紙は信頼できると直感的に判断していた。その顔にはいつもの笑顔が戻り、彼は早速使用人のプクリポ達を呼び戻すことと同時に、また子どもたちを集めてどうやって楽しく遊ぶかを一生懸命考えており、その細い目はキラキラと輝いているように見えた。
同時刻――グレン城下町、宿屋にて。
エリミリアからは灰色の港町にある自身の隠れ家でまた宿泊してもよいとの申し出があったものの、流石に年頃の(?)女性宅で二晩も世話になるわけにはいかないと――彼女としては執事が居た方が色々とありがたいわけだが、今回、セバスはグレン城下町の宿屋での一泊を選んでいた。その服装はいつもの執事服で整えられており、一分の隙も見当たらない。
まさに出発しようとしていたその時、ふと日常の喧騒とは異なる慌ただしい気配を察知しするセバス。確かめるため外に出ると、数名のオーガ兵士がグレン城の大階段を駆け下りて、宿の前を通り過ぎるところであった。それを呼び止め、
「お急ぎのところをすみません、一体何があったのでしょうか」
兵士達は急ぎの様子ではあったものの、観光で来ている宿屋の宿泊客が不安を抱えているとでも思ったのか、内一人が足を止めて説明してくれた。
「ゲルト海峡から連絡があり、魔物に襲われた遺体が発見されたと。こちらは安全なので、どうかご心配なく」
ゲルト海峡――今その地名を前にして、偶然だと見過ごすようでは執事は務まらない。セバスは金縁眼鏡の位置を直しつつ、再び走り出した兵士の影と化したかのように、スッとその後を追うのであった。
果たして、腐臭のような臭いが漂う洞窟内には、哀れな屍が転がっていた。かがり火と手持ちの松明を頼りに薄暗い洞窟の中で兵士達が検分する中、その隙間からセバスが確認した遺体は猛獣に襲われたかのような有様であり、もはや如何なる回復呪文も意味をなさないことは明らかであった。
「ややっ、ついてきてしまったのですか!」
先程の兵士に見咎められ、頭を下げるセバス。
「申し訳ありません。しかしご遺体の損傷から見て、私もこの洞窟内のモンスターとは考えにくいと思います」
その言葉に兵士達が顔を見合わせ、そして頷き合う。先程の兵士が代表して、
「相当な腕前の冒険者とお見受けしますが、よろしければ確認されますか」
「ありがとうございます。では、僭越ながら」
兵士達の了承を得て、セバスが遺体の前で一度祈りを捧げてから確認作業に入る。辛うじてボロボロの紫頭巾や所持していた頭陀袋が判別できる中、セバスがスッと指を伸ばす――彼が摘んだのは、黒っぽい獣毛のようなものであった。
「これは……ダークパンサー? オーグリードでは主にベコン渓谷の奥地で見るような魔物が、この近辺にまで現れるとは考えにくいですが……」
兵士達にもそれを見せると、にわかにざわめきが起こる。グレン領東一帯に出現する魔物とは明らかに一線を画すダークパンサー級の魔物ともなれば、一介の兵士ではとても太刀打ちできないことは、彼ら自身が一番よく分かっている。
兵士の一人が、今にもダークパンサーが現れるのではないかと不安げに周囲を見回す。そして、
「とにかく遺体をこのままにはしておけない。城に戻り次第、巡回の強化を検討しなければ……」
兵士達によって筵でくるまれようとしている遺体に、セバスの目が一つの違和感を覚える。崩壊した顔面に残された微かな爪跡だけが、他の大きく荒々しいそれよりも細く、そして間隔が短い――この事実が指し示す可能性に、彼は一つだけ思い当たる節があった。
(紫頭巾に頭陀袋……レゼールさんが追っていた、あの魔物商人の特徴と一致する。だとすれば、これは決して偶然の事故ではなく、見せしめとして粛清された可能性が極めて高い)
〜14 決戦の日、不穏なる影②へ続く〜