14 決戦の日、不穏なる影②
城下町を抜け出し、このゲルト海峡から海路で逃走する段取りだとすれば、そこに仲間の手引きがあったことは十分に考えられる。そして、しくじった者をその場で粛清といった真似ができるのは――魔物商人の頭目、ウングラしかいない。
ウングラが武器として爪を使用することは戦団時代から把握している情報であり、遺体の顔面もそれによって切り裂かれたものと仮定できる。その後、連れていた魔物の餌にでもしたとすれば、一定の辻褄は合う。
やがて筵でくるまれた遺体や遺品の袋を担ぎ、兵士達が再びグレン城へと引き上げて行く。一人その場に残ったセバスは、油断なく周囲に注意を払っていた。
強大な魔物がまだ近くに潜んでいるとしたら、周囲が危険に晒されるかもしれない――今回は目的地でもあるゲルト海峡に残り、調査を含めて周囲の安全を確保する選択をしたセバスだが、彼の懸念は後に最悪の形で的中することとなる。
魔導戦艦バルデアス――その船室でゼーエンが目覚めたのは、昼も過ぎた時刻であった。
昨晩の回復呪文や帰還した際に施された治療が功を奏したのか、体には痛みも残らず、何とか思い通りに動かせそうな手応えを感じる。
魔物商人の大規模な取り引きを襲撃するという重要な作戦前であり、今回の負傷は幹部の資質を問われかねない不祥事だと自覚はしているものの、事実、ゼーエンの心身はこれまで以上に充実していた。
やがて甲板に出た彼は大きく息を吐いた後、拳を握り締めてキーワードを呟く。
「フゥゥ……魔装、展開」
全身を覆う紺碧の閃光が硬質化し、深海竜を思わせるバトルスーツ姿となるゼーエン。虎爪に固めた右拳にオーラを集中し――以前よりも出力、密度ともに高まりを感じるそれを、以前にアーシュラがやって見せたように虚空で振り抜く。オーラの斬撃が紺碧の軌道を描いたことを確認し、彼は魔装を解くのであった。
「調子は悪くないようだなァ、ゼーエンさんよォ」
音もなく甲板に現れた見慣れた般若の面――シキョウへと振り返ったゼーエンが、今度は生身の拳に紺碧の闘気をまとって答えてみせる。
「ああ……心配をかけたが、もう大丈夫だ」
「別にお前さんの心配はしちゃいないがなァ、今日こそはしっかり働いてもらうぜェ」
「無論、そのつもりだ」
アーシュラとの修練、昨夜のレミエルとの激闘を魔装に頼らず戦い抜き、ゼーエンは自分の中で確かに何かが変わったと感じていた。魔装のオーラとは違う生身での闘気の扱い、命を賭した戦いの中でしか鍛えられない勝負勘、更には生身の闘気と魔装時のオーラとの相乗効果で底上げされている、総合的な最大出力。これに物質的な爪を具現化させる魔装顕現を加えれば、その破壊力は計り知れない。
「おっとォ、そう言えばボスが呼んでたぜェ?」
「……ふん、それを先に言ってほしかったな」
悪びれずに言ってのけるシキョウを顧みることなく黒いコートを翻し、甲板を後にするゼーエン。メギウスが主に執務の場としている研究室へと向かい、扉をノックする。
「すみませんマスター、遅くなりました」
「――どうぞ、開いていますよ」
壁面のビーカーやガラスケースが威圧的に並ぶ中、奥のデスクで黒いクリスタルのような結晶を手にしていたメギウスが、ゼーエンの姿を見てそれをコトリと置く。
「さて、ゼーエンさん。既にシキョウさんからも聞かれたかと思いますが、本日の体調は如何ですか?」
「マスターに調合していただいた回復薬のおかげで、既に問題なく戦えます」
研究室に並ぶ薬瓶の内、メギウスが各種薬草類を絶妙な配分でペースト状に調合した回復薬の効果は素晴らしく、睡眠と合わせることで闘技場のベホイミだけでは全快し得なかったダメージをほぼ回復させるに至っていた。
「アーシュラさんからも伺っていますが、この極めて短期間の修練で素晴らしい成果を得ているようですね」
「はっ……しかし闘技場では大きなダメージを受け、あまつさえ魔物商人の手の者に後れを取るという失態を晒したこと、何とお詫びすればよいのか言葉が見つかりません」
ゼーエンが忸怩たる思いを噛み締めつつ、深々と頭を下げる。座っていたメギウスが立ち上がり、
「確かに軽率でないと言えば嘘になりますが、私も別段止めませんでしたのでね。成果を今後の作戦で発揮していただければよしとしましょう」
主の寛大な言葉に、改めて深く一礼するゼーエン。頷いてみせたメギウスが、次に言葉を続ける。
「差し当たっては今夜のルクスガルン襲撃ですが、少し予定を変更したいと考えています。私の予想が正しければ――」
〜14 決戦の日、不穏なる影③へ続く〜