16 孤高の道を征く者達②
「――マスター、ご無事ですか!」
「その声はゼーエン君ね、昨夜ぶりかしら」
デスクに面しているメギウスの背に隠れて見えなかったものの、そこに座していた人物を声で判別したゼーエン。
「その声、セバスと一緒に居た女……?」
「ああ、ゼーエンさんは知りませんでしたね。この方は魔女エリミリア――我々機甲戦団ガイデスの出資者側の一人であり、魔導技師としての私の師に当たります。技術提供者といったところですかね」
その魔女の指先に狙われているにもかかわらず、メギウスはゼーエンへ振り向いて説明してみせる。
「な……出資者側が、なぜセバスと!?」
ゼーエンが駆け寄ろうとするも、
「動かないでね、ゼーエン君。手元が狂って呪文が暴走しちゃうかもしれないわ」
エリミリアの指先が一層濃い闇色に染まり、今にも暴発しそうな危うさを見せる。歯噛みしつつも主の命を最優先に足を止めるゼーエンだが、標的である当のメギウスは至って涼しい顔であった。
「大丈夫ですよ、ゼーエンさん。――心配しなくても、彼女に私は殺せませんよ」
メギウスの言を受けても眉一つ動かさないエリミリアであったが――大きく息を吐いた彼女の指先から、魔力の波動が霧散するようにかき消えた。
「はぁ……分かった、分かったわよ。流石に君を殺すわけにはいかないからね、今回は私の負けってことにしといてあげる」
その言葉にゼーエンが魔装を解き、メギウスがデスクに突き立てたナイフを引き抜いて懐に戻す。そして再び普段通りの酷薄な笑みを浮かべながら、
「私のスペアを用意できない以上、排除するなどあり得ませんからね。初めて負けを認めていただいて嬉しい限りですよ、先生」
スーツの襟を正すメギウスの前で、僅かに苦笑しながらエリミリアが脚を組み替える。デスクのコーヒーカップを指で弄びながら、彼女もまた蠱惑的な笑みを浮かべるのであった。
「じゃあ……コーヒーのお代わりでもいただきながら、少しだけお喋りしましょうか。今、セバスちゃんが頑張ってるんでしょう?」
セバスの繰り出す蒼穹の閃光が幾重にも連なりアーシュラを襲うも、まるですり抜けるかのように回避され――横に薙ぎ払われた槍を脇腹に食らい、魔装で固められた体がもんどり打って赤い絨毯に倒れ伏す。
(相手に一切の隙がない。ジンオウさんのような完全な力押しではなく、まさに蝶舞蜂刺とでも言うべきスタイル。まずは落ち着いて当てねば……!)
マユラの元で得た身のこなし、そして新たなる進化を遂げた魔装の防御力に助けられ、すんでのところで大ダメージは避けているセバス。しかし相手はセバスが目指す戦闘スタイルの理想を体現したような戦いを見せており、現時点でただの一撃も有効打を与えられていない。
幸いなのは相手も様子見のつもりなのか、攻めに転じずカウンターメインで立ち回っているところか――セバスが再び立ち上がるまでの間、アーシュラは槍の穂先に闘気をスパークさせつつも、そこから容赦なく畳みかけられることはなかった。
「隙を見出そうとしている努力は買うが、貴公の攻めは正直が過ぎるな。フェイントを幾つか入れてみれば、目のいい相手には有効に働きやすい」
まるで当てようとする焦りを見透かしているかのように、アーシュラが低く抑えた声でセバスに告げる。続けて彼女が見せたのは、音のない影のような踏み込みからの槍による一閃突きであった。
アーシュラが振るう黒竜の爪を思わせる槍は、穂先の黒く長い一本を中心に、四本の鉤爪が広がるような造りとなっている。そのため刺突の場合はギリギリまで引き寄せての回避が難しく、鉤爪に捉えられずに避けるとなれば、必然的に動きを大きくせざるを得ない。
(だが、これは十分回避できる……)
踏み込みこそ恐るべきものであったが、槍による刺突は大きく避ければ間に合うレベルのスピード――だが、そこに違和感を覚えるセバス。
(この感じには覚えがある。私の推測が正しければ、生半可なカウンターは相手の狙い通り――ならば!)
ゼロコンマ一秒にも満たない瞬時の判断から、セバスは向かって右へあえて必要以上に大きく回避する。刹那、アーシュラの空いている左拳に深紅の稲妻が集中し――
(やはり、左が来る!)
虎爪に固められたアーシュラの左を視界に入れつつ、セバスが自身の左を貫手に構えてオーラを集中する。相手のカウンターを逆手に取るべく姿勢を低くして狙いを定めた瞬間、アーシュラの左爪が轟雷と共に振り上げられ――それを掻い潜ったセバスの貫手が相手の腹部に命中する瞬間、突如として顎に凄まじい衝撃が走った。
〜16 孤高の道を征く者達③へ続く〜